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「コールサック100号」編集後記

一九八七年十二月に「コールサック」(石炭袋)創刊号は刊行された。当初は手作りのコピー用紙を綴じた個人誌だったが、それから毎号少しずつ新しい試みをして三十二年が経過して今号で100号を迎えた。私は「コールサック」が必要で本当にやりたいことだったから、毎号このような詩的な創作の場所を生み出せることを楽しんで企画・編集・発刊してきた。いくつかの同人誌などを経て、「コールサック」を刊行する時に詩的精神が続く限り刊行していく予感のようなものが芽生えていた。賢治の詩的精神に生かされてきた私は、異なる表現・テーマを追求している多様な詩人・文学者たちと一緒に賢治の精神を引き継ぎ発展させる新しい文学運動を「コールサック(石炭袋)」の中でしていきたいと願っていたからだ。私の命は有限だが、賢治の精神は引き継がれて永遠に必要とされるのだという思いが原点にあった。二〇〇六年にコールサック社という出版社を創業し、最近の出版案内には左記の理念を記している。

〈コールサック社は、宮沢賢治の「ほんとうの幸せ」を実践するための「宇宙意志」を胸に秘める文芸・評論・芸術書の出版社です。//コールサックとは『銀河鉄道の夜』九章に記された「石炭袋」であり/暗黒星雲、異次元の入口、愛する人の住む幸せの入口の意味です。/ほんとうは誰もが豊かな詩的精神を持つ詩人であり、/この世に生まれた奇跡を感じ取りその美を生み出せる芸術家です。/そんな宮沢賢治のような、他者の痛みを感受し/生きとし生ける物すべての幸せを願う人たち、/歴史を踏まえ現実を直視する証言者でありながら、/次の時代を創るために有限な自己を踏み越えてしまう人たち、/内面の奥深くを辿り新たな「石炭袋」を想像してしまう、/詩人、歌人、俳人、作家、評論家などの冒険者たちを/コールサック社は世界に発信し後世に語り継いでいきたい。〉

このような詩的精神をこれからも原点として、文芸誌「コールサック(石炭袋)」や書籍を刊行していきたいと心を新たにしている。
永瀬十悟氏が昨年に刊行した句集『三日月湖』が第74回現代俳句協会賞を受賞した。その受賞式の言葉で八年前の原発事故で取り残されてしまった福島の帰宅困難地域とその周辺地域、故郷を追われた人びとや故郷に留まり原発事故を問い続けている人びとなどを見つめて、俳句を詠み続けていく覚悟が語られていた。十万年も残ると言われる放射性物質との目に見えない闘いは、気の遠くなるほどの代償を後世に残し、そのことを語り継ぐ宿命を日本人は負っている。句集冒頭の〈逢ひに行く全村避難の地の桜〉は、故郷を決して放棄できない痛切な思いが記されている。その後続く〈廃屋となりたる牛舎燕来る〉、〈桜満開どこかでだれか泣いてゐる〉、〈棄郷にはあらず於母影原は霧〉、〈村ひとつひもろぎとなり黙の春〉などの福島の眼に見えない傷や痛みを掬い上げている句が、俳句の世界で高く評価されたことは、とても素晴らしいことだ。
今年の初めに刊行された沖縄の与那覇恵子詩集『沖縄から 見えるもの』が第33回福田正夫賞を受賞した。表題作の詩の冒頭の三連と終わりの三連を引用してみる。〈この空は/だれのもの/この海は/だれのもの//多くを持つ者は さらに欲しがり/少なく持つ者は さらに奪い取られる//今日も きりきりと 爪を立て/沖縄の空を アメリカの轟音が切り裂いていく/(略)/あの人たちは叫ぶ/美しい国 日本//沖縄からは日本がよく見える/と 人は言う//水平線のかなた/あなたのいるそこから/今/どんな日本が 見えているのだろう?〉とこのように沖縄の現実を訴えて、本土の日本人が沖縄の実相に目を合わさないようにしていることに激しく批判をしている。日本国ではあるが異国のような他者としての沖縄の存在感を詩行が際立たせている。「沖縄からは日本がよく見える」とは、沖縄がかつて琉球国としてアジアや太平洋を見渡すことの出来る開かれた場所であり、日本にとってこれからも重要な役割を果たす地域であることを告げている。

来年の一月五日に『吉永小百合・坂本龍一チャリティーコンサートin沖縄』が開催される。その時に昨年の沖縄戦終結日に刊行された『沖縄詩歌集~琉球・奄美の風~』に収録された六篇の詩を、吉永小百合氏が朗読されることとなった。寄贈していた『沖縄詩歌集』を読まれてご自分で選ばれたそうだ。その六篇は久貝清次、淺山泰美、星野博、坂田トヨ子、与那覇恵子、根本昌幸各氏の詩篇だ。コールサック社のこの十四年間に刊行してきたアンソロジーは多くの朗読団体や朗読者たちに読まれてきた。今回長年にわたり広島・長崎・第五福竜丸・福島などの核兵器や原発などに触れた詩篇を朗読してきた吉永氏が、『沖縄詩歌集』に注目して朗読作品に選んでくれたことは、とても嬉しいことだ。二百人以上の作品の中から吉永氏が読んで選ばれる姿を想像することで、このような多くの人びとが求めている詩歌集を創り出すことの意義を再認識することが出来た。因みに新年の一月五日のチャリティ―コンサートのチケットは、新聞広告が地元紙の朝刊に出た当日に、予約開始から三〇分で一七〇〇枚が完売したそうだ。辺野古海上基地建設や首里城の炎上など多くの困難な問題を抱えている沖縄人を励ますために、坂本龍一氏のピアノが流れる中で、六名の詩人の詩篇が吉永氏に朗読されることは、とても素晴らしい時間になるだろう。

前号でも触れさせて頂いた来年に刊行する予定の『アジアの多文化共生詩歌集――シリアからインド・香港・沖縄まで』の締め切りは来年の一月末日だ。身近なコンビニやレストランや居酒屋でもアジア系の若者たちが、また工事現場や工場や会社でもアジア系の人びとが、私たちの暮らしを支えている。アジアには古代文明や世界宗教が生まれ、現在でもアジアは混沌とした文化の坩堝であるだろう。それらの多様な文化と共存・共栄していくことが暮らしを再生していく上で、今後の最も重要な視点であるに違いない。またアジア48カ国のどれかに行かれた経験やその国々の文化を詩・俳句・短歌で書き残して欲しいと願っている。

それから本誌六頁で触れたが、十二月八日(日)午後二時より六時までお茶の水駅近くの「エスパス・ビブリオ」で〈「コールサック」(石炭袋)100号・『東北詩歌集』刊行記念会〉を開催します。俳人・作家の齋藤愼爾氏と沖縄の詩人与那覇恵子氏の二人に講演をしてもらい、また参加者にはスピーチと朗読をしてもらう予定です。ご都合が付けばぜひご参加下さい。
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  1. 2019/12/27(金) 10:56:41|
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