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コールサック 91号 エッセイ

ベトナム再訪、ビン女史との再会
埼玉JVPFクアンナム省ダイオキシン被害者支援   訪問団―二〇一七年七月三十一日~八月五日



 二〇一三年夏から四年ぶりにベトナムに向かった。ダイオキシン被害者の実態調査と支援活動が主な目的で、私にとっては今回で五回目の旅だった。出発時間が二時間近く遅れたのは天候の具合ではなく、中国領空を通るため中国の何らかの事情で飛ぶことが出来なかった。昨年の秋には中国の詩人たちの招待で青島に行ったことを思い出していた。私は日本・韓国・中国の詩人たちと「モンスーン」という東アジアの国際同人誌を創刊し、現在2号を製作中だ。またベトナム文学同盟の詩人たちと一緒に『ベトナム独立・自由・鎮魂詩集175篇』(日本語・ベトナム語・英語合体版)を二〇一二年から二〇一三年にかけて共同編集して出版したこともあり、東アジアの詩人たちと交流をしていて、詩を通して国際交流をすることが出来たことは、とても得難い経験をしていると思っている。ただ中国をはじめ東アジアの他の国でも表現や出版の自由は制限されている国も多くあり、そのような情況の中でも詩人・作家・芸術家・学者・翻訳者たちは自らのテーマや表現を追求していることを知り、国を越えた人間の精神の素晴らしさを再認識している。空には境目はないが、目に見えない歴史や風土が異なる国境を越えることの意味を噛みしめていた。特に最近中国で亡くなる近くまで獄中に拘束されて治療が不十分だったノーベル平和賞を受賞した詩人の劉暁波氏を思うと心が痛んだ。二〇一五年に刊行した『水・空気・食物300人詩集――子どもたちへ残せるもの』の中に劉氏の詩「陽光の下のカップ」を田島安江氏の訳で収録させてもらった。獄中で妻とお茶を愛用のティーカップで飲むことを夢見た妻への深い愛情を込めた詩だった。劉暁波氏の詩は読み継がれ、和解と民主化の精神は語り継がれていくだろう。

 ハノイの新しいノイバイ国際空港には、出発から四時間半後には到着した。JVPFハノイ支社長で通訳のゴックさんが迎えに来てくれていた。四年ぶりの以前の空港はノイバイ国内空港となったそうで、国内に移動するときはリムジンで国内空港に移動することになる。ハノイの街に入る際には、紅河を渡らなければならない。以前はチュオンズオン橋を渡って紅河を越えて行ったが、今回はより広い河原をニャッタン橋という数年前に完成した三七〇〇mの巨大な橋を渡って以前よりも早く市内に入っていった。バイクだけでなく自動車の数も増えているように感じられた。

 私たちはベトナム平和発展基金に向かい、代表で元副主席のグエン・ティ・ビン女史を表敬訪問した。玄関にはビン女史の信頼の厚い通訳のアンさんが待ってくれていた。ビン女史は平松伴子さんが近づくと手を握り、その手を放すことなく席に着き、待ち焦がれた娘との再会のように慈しんでおられた。私は七名の団長としてビン女史との再会を喜び今回の旅の目的を語る短い挨拶をした。平松さんは今回で三十数回のベトナムの旅だと聞いており、平松さんの当初からの目的はビン女史の評伝を書くことだった。二〇〇八年十二月から二〇一〇年五月にかけての計三回のインタビューを経て、『世界を動かした女性 グエン・ティ・ビン』は二〇一〇年十一月下旬にコールサック社から刊行された。その本を持って平松さんがビン女史のいるベトナムに旅立っていった日のことを思い出す。ビン女史は装幀が国花である蓮のピンク色の中に自身の写真のあることを見るや笑顔になり、とても喜ばれたという。私が初めてベトナムを訪れたのは二〇一一年八月初めだった。平松さんの評伝は「ベトナム平和友好勲章」を受賞したので、その授賞式にその本の発行者として参加した。授賞式にはベトナムのメディアの記者たちも来ていて、平松さんは時の人となり取材インタビューで記者たちに囲まれていた。まだビン女史の自伝が出ていない前に詳しい評伝を含めたベトナムの二十世紀の歴史が書かれた本が刊行されたことは驚きだったろう。またこの本の売り上げやカンパなどがダイオキシン被害者の支援のために使われることも意義のあることだった。その旅はビン女史からの指示で「仁愛の家」の被害者の家の再建プロジェクトの発端にもなった。平松さんは優れた実績を持つ女性たちの評伝は、女性作家が書くべきだという持論があり、二〇代の頃から構想を温めていて、20世紀のアジアを代表する政治家のビン女史の評伝を書くことを実践したのだった。ビン女史は一九二七年にクアンナム省に生まれた。祖父はベトナムの独立運動の思想家で「民主、民権思想を提唱した最初の人」であり、ホーチミン大統領にも影響を与えたファン・チャウ・チン氏であると、ビン女史は回顧録『家族、仲間、そして祖国』で語っている。ビン女史の生まれる前年にフランスから戻った祖父は亡くなったが、祖父の葬儀を機にその追悼集会が独立運動に発展して行き、ビン女史の両親はビン女史を抱いてカンボジアに移住をさせられた。そのためビン女史はカンボジアの小学校に入り高校は「宗主国」フランスの系列のリセ・シゾワ学校で学びフランス人の学友のアジア人への差別意識に怒りながら卒業した。ビン女史には愛国的な精神と「対フランス独立闘争」を実践する情熱を祖父や両親などの家族から引き継いでいった。数多くのデモを指導し「デモの専門家」とも呼ばれ、二十二歳の時には三年余りも投獄されて虐待や拷問を受けた。そのような過酷な経験を経て一九六八年のパリ和平会談のベトナム南部解放民族戦線の次席代表として、アオザイを着て現れた。「ベトナム南部共和臨時革命政府」が樹立すると外務大臣を務めた。そして一九七三年にアメリカ軍が完全に撤退することを記した「ベトナム和平協定」と「ベトナムパリ和平議定書」を粘り強い交渉でまとめ上げて調印し、さらにベトナム南部完全解放までに、様々な国際会議のスポークスマンとなってベトナムの支援国を増やしていき、一九七五年四月までに六十五カ国との外交関係を樹立した。パリ和平会談に関わった政治家で生き残っているのは、すでにビン女史の一人である。後には教育相や副主席にもなり現在のベトナムの基礎を創り上げた政治家の一人である。

 そんなビン女史とお会いすることは、恐れ多いことだ。ところがビン女史はとても自然体で包容力がありその場を和ませる人間性に満ちている。初めお会いした時にビン女史がフランス語も英語も堪能だと聞いていたので、自己紹介の時に私は『原爆詩一八一人集』の英語版を手渡して、ベトナム戦争で亡くなった多くの人びとへの鎮魂の思いを残すために、ベトナムの詩人と日本の詩人を百名ずつ集め、戦死した人びとを悼む『鎮魂詩集』を提案した。また福島原発事故の後でもあり、原発導入の危険性も話した。その場で興味深くそれらの提案や意見を聞いてくれていた。すると帰国後に通訳のアンさんからそのことを企画書にまとめるように連絡があった。まさかそれから二年後の二〇一三年八月に『ベトナム独立・自由・鎮魂詩集175篇』(日本語・ベトナム語・英語合体版)に刊行することになるとは想像を超えていた。また同時にビン女史の回顧録『家族、仲間、そして祖国』(日本語版)もまた翻訳し日本国内で刊行することも可能となった。その2冊の翻訳には大阪大学のベトナム語学者である冨田健次氏と清水政明氏たちがチームを組んで素晴らしい活躍をしてくれた。

 以上のようなことを昨日のように想起しながら、四年ぶりにビン女史にお会いした。九十歳を超えたビン女史は平松さんと会うために、検査入院中の病院を一時退院しこの場に臨んでくれたそうだ。一人ひとりの自己紹介にも頷き、今回の旅の目的を確認し、平松さんからの日本人のダイオキシン被害者への支援金をそのまま戻し、クアンナム省友好協会連合に手渡すことを指示された。日本からの様々なプレゼントを受け取った後に、平松さんにビン女史のアオザイを二着手渡し、刊行されたばかりの六百頁もの国内政治に関して書かれた新しい回顧録『祖国への真の想い』を平松さんと私にサインをして手渡して下さった。私が評論集『福島・東北の詩的想像力』を手渡したところ、ビン女史は英語版がないかと尋ねられたが、日本語版しかないと言うと残念そうだった。私たちのベトナムの旅はこのようにしてビン女史に温かい言葉をかけてもらいながら始まった。

 ビン女史をはじめベトナムの人びとは、控えめで飾らずに、家族愛や人間愛に満ちていて、ベトナムの国土と家族と友人たちを大切にしていて、それらを守るためなら自己犠牲も命も惜しまない。この旅を企画した埼玉JVPFの関係者、その実際の現地の訪問先のスケジュールを調整してくれた通訳のアンさん、ベトナム平和発展基金、ベトナム日本友好協会、クアンナム省友好協会連合、クアンナム省人民委員会の多くの関係者が、この旅を支援してくれた。初めての方もいたが、再会する方々も多かった。五回目なので一人ひとりの表情の違いが心に刻まれるようになったのかも知れない。埼玉JVPFがクアンナム省友好協会連合を通してダイオキシン被害者家族が家を建て直す際の資金援助する「仁愛の家」は二四番目になった。今回訪問した四家族の内の三家族は、二二番目、二三番目、二四番目だった。その家族の心情を伝えるためには、詩の方がいいのではないかと感じて、今回の旅への思いを含めて、このエッセイと少しダブるところもあるが、五篇の次の詩にまとめた。もし宜しければお読み下されば幸いです。
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  1. 2017/08/31(木) 16:27:07|
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