FC2ブログ


コールサック社メールマガジン2020年1月31日配信号

清水茂氏の「粘り強い思索の軌跡」     鈴木比佐雄


今年の1月11日の日本詩人クラブの新年会の会場でお会いした清水茂氏が1月16日に他界されてしまったことを後から知った。11日には休憩時間に席まで行ってお話した。
幾分痩せられていたが、いつものように励ましの温かい言葉を掛けてくれる姿は未だ健在でエネルギーに満ちているように見えていた。「コールサック」100号の詩集評で私は

〈最後に清水氏の新詩集『私のものではない言葉を』(土曜美術社出版販売)を引用したい。
詩とは基本的に徹底した個人言語(パロール)であるが、それと対比される公的言語(ラング)
ではなく、清水氏は「私のものではない言葉」であり、「心を通わせる」「あなたの幸せや苦しみを想う」
という未知の言葉を探し求めている。この清水氏の高貴な魂の在り方に詩の目指す
最終地点とは何かを考えさせられるのだ。〉

と触れさせて頂いた。清水氏はその詩集評も読んでいてくれて、感謝の言葉も伝えてくれた。
その日から5日後に亡くなられてしまったことは、とても大切な存在が離れていったような悲しみが一挙に押し寄せてきた。2014年に清水氏の詩論集『詩と呼ばれる希望――ルヴェルディ、ボヌフォワ等をめぐって』を編集・発行させて頂いたことは、私の誇りであり、ご自宅にお伺いして打合せをして夕飯までご一緒したことは忘れがたい思い出だ。
その詩論集の解説文の「1」を引用し清水氏を偲びたいと思う。

「言葉の記憶」に「希望」を託す人
 清水茂詩論集『詩と呼ばれる希望―ルヴェルディ、ボヌフォワ等をめぐって』に寄せて  鈴木比佐雄

  1
〈清水茂さんの個人言語(パロール)から伝わってくる粘り強い思索の軌跡に、
私はいつのまにか引き込まれてしまった。清水さんの詩と詩論は「現実」と
対峙して鍛えられ、精神の奥深い場所から、その名づけ難い未知の言葉を探
している。それはこの世に存在する恥じらいのような謙虚さを秘めて、世界
の他者の苦渋の時間や経験を通して、存在することの奇跡を孕んだ詩的言語
を救いあげようとする姿だった。清水さんとの接点は、日本詩人クラブ会長
時代の様々な詩人の集まりでの挨拶の肉声だった。詩人団体の会長といえば、
公的言語(ラング)で当たり障りない挨拶を語るのが一般的だが、清水さんは
違っていた。いつも「今、ここ」の場所で「現存」の思いや詩的言語の可能
性を直接的に語り始めるのだ。私はその個人言語に魅せられてしまい、いつ
のまにか一人の熱烈なファンになってしまった。もちろんそれ以前から清水
さんが高名な仏文学者であり、優れた詩人であることは、著書を通して認識
していたが、私はその詩や詩論も読み返してみて、これほど「現実」に対峙
しながら詩作と思索が一致している文体を持つ現役詩人は数少ないと感じて
いた。

清水さんは会長を退任した後に、日本現代詩人会東日本ゼミナールや埼玉詩
人会で講演をされた。私はその二回の講演を拝聴しながら、その内容と肉声
のリズムをそのまま再現するような詩論集を出版したいと直観的に願うよう
になった。また埼玉での講演後の交流会などで、内容があまりに存在論的で
言葉と存在の関係を根源的に語っていたので、その感想を清水さんに伝えた。
その際に私が法政大学哲学科出身で卒論指導が矢内原伊作先生だったことを
告げたところ、清水さんはとても驚かれた様子だった。なぜなら清水さんと
矢内原先生は、文芸誌「同時代」の同人であり、清水さんと矢内原先生はと
ても親しい間柄であったからだ。矢内原先生が亡くなった一九八九年には、
亡くなる半年前に親しい同人たちと最後の旅行をした思い出も語ってくれた。
矢内原先生から近・現代の哲学史を学び、少人数のゼミではサルトルを学んだ。
教授室にも出かけてハイデッガーの詩論をテーマにした卒論の指導もしても
らい、拙い文章を励ましてくれた私にとって掛け替えのない恩師であった。
また矢内原先生のエッセイ集、リルケのエッセイやキルケゴールやサルトル
などの哲学の翻訳書は、私の愛読書であった。清水さんは著書の中でジャコ
メッティの彫刻の存在が、優れた詩や哲学と全く同じものであるという意味
のことを語っている。ジャコメッティの彫刻のモデルになった矢内原先生と
清水さんは、ヨーロッパの詩・芸術・哲学を創造する人びとに直接的に関わ
ろうとする生き方を含めた認識において、互いが良き理解者であったことを、
私は初めて知ることになった。そして清水さんの内面の奥深いところで、矢
内原先生の精神が今も息づいていることに私は深く感動したのだった。〉

 葬儀は近親者だけで行われたそうで、これから有志の偲ぶ会が開かれるよ
うだ。清水氏の奥様にお悔やみの言葉をお伝えし、清水氏のご冥福を心よりお祈りしたい。


 1月は、福島の詩人の二階堂晃子エッセイ集『埋み火 福島の小さな叫び』、沖縄の若手詩人の元澤一樹詩集『マリンスノーの降り積もる部屋で』、米国人のデイヴィッド・クリーガー詩集『神の涙――広島・長崎原爆 国境を越えて 増補版』(水崎野里子訳)、京都に暮らしていた詩人の守口三郎英日詩集『劇詩 受難の天使 世阿弥』(郡山直訳)が刊行された。

二階堂氏は東日本大震災・原発事故後に3冊の詩集を刊行したが、今回はエッセイで福島の身近な人びとの事故後の8年間の生きる姿や作者との関わりを丁寧に書き記した。

沖縄の25歳の詩人元澤一樹氏は、様々な矛盾を抱えている沖縄の現実の中で生きていて、その沖縄の若者の精神の重圧を計り知れない言葉のエネルギーで表出していく。その言葉の実験精神は沖縄だけのものでなく、全世界の若者の叫びに通じていくようだ。

米国人のクリーガー氏の『神の涙』は十年をかけて千冊が無くなっていった。特に長崎原爆資料館では、ロングセラーになっていて、そのために今回、翻訳の水崎野里子氏の協力を得て追加の詩や論文を収録した増補版を刊行した。
クリーガー氏は2007年に刊行された『原爆詩一八一人詩集』(英語版)に反応してくれて、「コールサック」に寄稿するようになり2010年に『神の涙』が刊行された。これからも長崎原爆資料館に訪れる人びとが手にとって求めてくれるだろう。

昨年の5月に亡くなった守口三郎氏の『劇詩 受難の天使 世阿弥』を読み感動した詩人で翻訳者の郡山直氏が翻訳した英日詩集『劇詩 受難の天使 世阿弥』は『Two Dramatic Poems: THE ANGEL OF SUFFERING ZEAMI』となって英語でも読めるようになった。守口氏はこの劇詩を闘病中の激痛の中で「複式夢幻能」の形式で書き上げることを直観し、実際に書きあげてしまった。
亡くなる前に守口氏は完成した英訳を読むことができた。守口氏と郡山氏の情熱が世界の人びとに伝わることを願っている。
コールサック社ホームページ英語版で世界中から英日詩集を購入することが可能だ。
昨年12月に刊行した井上摩耶英日詩集『SMALL WORLD / スモールワールド』などはすでに海外から購入されていて、これからは日本の詩人たちを紹介していきたいと考えている。

それから現在公募中の『アジアの多文化共生詩歌集――シリアからインド・香港・沖縄まで』の締め切りを、年末年始の多忙のため原稿が遅れていることもあり、2月末日まで延長した。集まってきた作品を拝読していると、想像以上にアジアの48カ国に表現者たちが関わっていることが明らかになってきた。様々な観点から詩、俳句、短歌の作品をお寄せ頂ければ幸いだ。
今までの常識を覆すように、日本人がアジアをどのように感受してきたかが、多方通行路のように明らかになってくると考えている。

☆公募趣意書はこちらから
http://www.coal-sack.com/news/view/2488/
スポンサーサイト





  1. 2020/02/03(月) 11:48:48|
  2. コールサックメールマガジン
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0