島村洋二郎詩画集『無限に悲しく、無限に美しく』講演録

「無限の悲しみ」を通して「青い光」に気付かせる人―島村洋二郎詩画集『無限に悲しく、無限に美しく』に寄せて―
 「ハックルベリーブックスのアート茶話会」
 二月十二日の講演録(柏市にて)
鈴木 比佐雄

 コールサック社代表で編集者であり、また詩や評論を書いてきた鈴木比佐雄と申します。私はこの柏市内に住まいがあり、三十年前の一九八七年に「コールサック」(石炭袋)という詩の雑誌を創刊しました。当初は年に三回でしたが、十一年前からは株式会社にして東京の板橋で出版社を始めました。その後に「コールサック」は季刊文芸誌になり、詩集・歌集・句集や評論集などを中心に、年間に数多くの書籍を刊行しております。三十年間も「コールサック」(石炭袋)を継続できたのは、宮沢賢治さんのおかげであり、賢治さんの精神を共有する多くの支援者のおかげだと考えています。この「石炭袋」は賢治さんの童話『銀河鉄道の夜』の九章に出てくる白鳥座の向こうにある「石炭袋」という「暗黒星雲」や「ブラックホール」のことです。賢治さんは「異次元の入り口」であり、例えばカムパネルラの死んだ母親が住んでいる天国の入り口などのように、想像力を膨らませていました。私は賢治さんのような他者の幸せを願って詩や童話を書いた詩人や作家を集めたいと願って、「石炭袋」を英語で「コールサック」と言いますので、「コールサック」(石炭袋)と名付けました。今は八十九号を製作しておりますが、九十名から百名位の詩、俳句、短歌、小説、評論の寄稿がある総合文芸誌になっております。
 賢治さんは詩集『春と修羅』の序の冒頭の三行で「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」と記しています。私と言う存在の現われは「青い照明」であるという指摘は、本日お話させて頂く島村洋二郎という画家で詩人を紹介する際に、重要な手掛かりになると思います。賢治さんは私たち一人ひとりが内側から命を燃やす「青い照明」を発している存在であると感じていたのです。
 島村洋二郎は「青い光の画家」と言われて「青い瞳」を持った人物画を亡くなる一九五三年の数年前から最後の命を振り絞り数多く描いて残しました。賢治も肺を悪くして三十七歳前後で亡くなりましたが、洋二郎もちょうど同じ年に肺の病で亡くなりました。二人とも激しく「青い光」を燃焼させて自分の生を生き切ったのだと思われます。
 島村洋二郎の画集について姪の島村直子さんから相談を受けたのは昨年の夏でした。直子さんからの要望は、コールサック社が以前に刊行した赤田秀子写真集『イーハトーブ・ガーデン―宮沢賢治が愛した樹木や草花』のような、B5判・横使い・ソフトカバーのシンプルな作りで、発見された絵画とスケッチもすべて網羅し出来れば回顧展などで洋二郎の絵に感動し寄せてくれた言葉を絵に添えたいこと、そして洋二郎を知らない多くの人びとに見てもらいたいので、出来るだけ求めやすい価格にして欲しいとの三点でした。また編集は私に任せるので絵画リストだけでなく、今までの洋二郎に触れた多くの人たちの文章や、残されたノート類や手作り詩集などの全資料を貸してくれるとのことでした。直子さんは、賢治さんの精神を共有する芸術家を世に広めようとしているコールサック社に、洋二郎の全作品を後世に残して欲しいと決断されたのだと思います。私には生誕百年を迎えた洋二郎への直子さんの思いが痛いほど分かりました。
 私が全資料に目を通した後に感じたことは、洋二郎の絵画などを含めた資料がここまで集まるまでに、直子さんが回顧展を繰り返しながら何十年もの時間をかけてよくぞ伯父のために作品や資料を集めてきたという思いでした。と同時にこれらの資料は集めたというよりも、洋二郎の友人・知人たちが長年所有していた絵画や洋二郎の絵や生き方に心を打たれた人たち残した言葉が自然に直子さんの元に集まり戻ってきたようにも感じられました。それらの人びとにも感謝したいと思いました。また特に資料の中の洋二郎の才能を評価しその「精神の純粋性」を語り継いだ宇佐見英治氏、矢内原伊作氏、宗左近氏などの実像を知っている友人・知人たちの厚い友情の言葉は感銘深いものがありました。その中の矢内原伊作氏は、矢内原忠雄の息子でジャコメッテイの彫刻のモデルにもなった哲学者で、私の法政大学時代の卒論指導の教授であり恩師です。哲学史やサルトルのゼミでもお世話になりました。また宗左近氏も法政大学の教授で、戦後詩の名作「炎える母」を書いた詩人で縄文文化の研究者であり、晩年に宗先生が主宰した市川縄文塾で二ヶ月に一度はお会いして、親しくさせて頂いておりました。日本の文化の基層を縄文文化を通して感じ考えて詩作を実践しておりました。そんな亡くなった二人の恩師の友である洋二郎の書籍を出すことは、天上から見詰められているような緊張感を抱きつつ、編集作業に取り掛かりました。
資料の中で初めに注目したのは、五線譜ノートに綴られた手作り詩集があったことです。それを読んで、私は画集というよりも詩画集が相応しいのではないかと思いました。そして洋二郎の書き残した言葉の中から「無限に悲しく、無限に美しく」を選び、タイトルに最もふさわしいと考えました。そして冒頭には次の詩「夕暮」を置きたいと思いました。

 夕暮

遠くのどこかで
カナカナ蟬が鳴いてゐる

終日わたしはあなたを待ってゐた

白いはなばなが夕暮にながれ
淋しいあなたの眸を浮かべる――

それはそうではないのだが
それはそうではないのだが

やっぱりわたしはあなたを待ってゐる
                (「五線譜の詩集」より)

 この詩を読んだ時に、洋二郎は本質的に夕暮れの詩人だと感じました。夏の夕暮れに蜩がゆったりしたリズムで鳴き始める。空は夕陽が沈み赤や青の入り混じた絵を地平線の上の空に描きながら、夕闇に向かってゆく。その時に「青い光」を感じて、自分の元を立ち去った愛する人が、今にも戻ってくるような思いに駆られて、「淋しいあなたの眸」にきっと「青い光」を投影させてしまったのだと思われます。この詩がいつ書かれたかわかりませんが、洋二郎はどんなことがあっても「わたしはあなたを待ってゐる」と自分自身に語り掛けます。「淋しいあなたの眸」を思い描きながら、「待つ」ことが洋二郎の宿命だったように私には感じられました。
 洋二郎の「青の光」をどのように受け止めるかが、洋二郎の絵を理解する鍵だと思います。その意味で洋二郎の絵を大きく分ける際に、瞳の色で分けることが読者に理解されやすいのではないかと思い、Ⅰ章を「黒い瞳の人物画」にし、Ⅱ章を「青い瞳の人物画」にしました。Ⅲ章はその他の「風景、静物、人形など」にし、Ⅳ章はノート類に描かれていた「スケッチ(えんぴつ)」にしました。このスケッチを見れば洋二郎の画家としての実力が分かると思います。各章の前には洋二郎の詩と宇佐見英治さん達の洋二郎論のエッセンスを載せました。どうして洋二郎は初期の戦前には黒い瞳を描いていたが、戦後になって青い瞳になっていくのかを、詩画集を手に取った人たちが自分で感じて、答えを探して欲しいと願ったのです。その時には洋二郎自身の言葉はもちろんですが、先に紹介した三名の親友たちの解釈は、どれも参考になります。けれどもご自分でこの詩画集と対話することによって、自らの「青い光」に気付くことが洋二郎の芸術家としての真の願いだったと私には思われてくるのです。
 洋二郎は「青い光。一つの不思議な香いを放つ青い光。無限に悲しく澄み切ってゆく、冷たく燃えひろがってゆく青い光。あ丶私の総ての狂気が、その中に浮かべることによって、正しく浄められる一つの青い光」と語っています。
 宇佐見英治氏は「生命を賭した精神の純粋性」や「歳月といえども消えない光」と言い、矢内原伊作先生は「精神の青い光をもやし続けた情熱が塗りこめられていて、その祈りのようなものが観る者の心を打つのである」と言い、宗左近先生は「官能と精神(即ち魂)の、焰と矢(即ち祈り)が死にいどむ文字通りの生命がけの闘い」であり、「島村は何よりも、魂の作家です」と言っています。この三人は多くの人びとが高い評価をする優れた仕事をした研究者、哲学者、詩人たちです。その三人の心に「青い光」を生涯にわたって追想させてきっと霊感を与えた画家が洋二郎だったに違いありません。
 最後に詩「夕べの唄」を朗読させて頂き、洋二郎の紹介を終えたいと思います。この詩は詩画集の24頁に収録されている「黒いベールの女」のモチーフになっていると思われます。この会場にも飾ってありますので、それを見ながらお聞きになって下さい。

 夕べの唄

すんなりとした髪長の少女/いつも青い光の中に佇むひとよ//もの悲しい夕べの中で/あなたのいのちがふるえている//あなたのからだから/あなたのおもひから//やさしく/漂いながれる/この曲べと香ひ//あなたの不思議なまなざしが/しのび泣く夕べの中にひらめく//しめやかにしみ入るように/この悲しい男のこころを//あなたは掠へてしまう/掠へてしまふ//あヽいつそ 鉄血の苦しい決意を捨て去り/この耐えがたく美しい甘い空気の中に/何もかもわたしのすべてを/ひたしてしまいたい//傷つき病んだ一ひらの花びらを/ひっしと噛みしめながら//悲しい悲しいひたぶるな/祈りのおもいで//浄らかな御像のように/わたしはあなたを讃えていたい//すんなりとした髪長のひとよ/いつも青い光の中に佇むひとよ

 島村直子さんがこの詩画集をアメリカに養子にやられて行方知らずの洋二郎の次男・鉄さんに届けられることを願って、私の話を終えたいと思います。ご清聴ありがとうございました。
スポンサーサイト


  1. 2017/03/10(金) 18:32:02|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

FC2Ad