詩誌コールサック84号

編集後記      鈴木 比佐雄

 今年の八月でコールサック社は出版社にして十周年を迎えたため新しい出版案内を製作し、その冒頭に次のような理念の言葉を記した。
〈コールサック社は、/宮沢賢治の「ほんとうの幸せ」を実践するための/「宇宙意志」を胸に秘める文芸・評論・芸術書の出版社です。//コールサックとは『銀河鉄道の夜』九章に記された「石炭袋」であり/暗黒星雲、異次元の入口、愛する人の住む幸せの入口の意味です。/ほんとうは誰もが豊かな詩的精神を持つ詩人であり、/この世に生まれた奇跡を感じ取りその美を生み出せる芸術家です。//そんな宮沢賢治のような、他者の痛みを感受し/生きとし生ける物すべての幸せを願う人たち、/歴史を踏まえ現実を直視する証言者でありながら、/次の時代を創るために有限な自己を踏み越えてしまう人たち、//内面の奥深くを辿り新たな「石炭袋」を想像してしまう、/詩人、俳人、歌人、批評家などの冒険者たちを/コールサック社は世界に発信し後世に語り継いでいきたい。〉
 季刊文芸誌となった「コールサック」(石炭袋)を土壌としてこのような理念を現実化していきたいと願っている。
 岩手の北上川の豊かな水量をまじかで見る度に、私は宮沢賢治の豊かな詩的精神を感受させられる。その清らかな流れは私自身が東北人でありその縁によって生かされることを自覚させてくれる。今年の秋は二度ほど岩手の花巻や盛岡などに行く機会があった。一度目は今年度の第25回宮沢賢治賞を吉見正信さんがコールサック社の刊行した著作集第一巻『宮澤賢治の原風景を辿る』・第二巻『宮澤賢治の心といそしみ』の二冊によって受賞したからだ。賢治の命日である九月二十一日には毎年賢治祭が羅須地人協会跡で開催される。私は二〇〇八年に『原爆詩一八一人集』(日本語版と英語版)が「イーハトーブ賞奨励賞」を受賞した時に初めて参加した。豊沢川を渡り当日の松林の小径には色とりどりの幻想的な蝋燭立てが足元に置かれ、それに導かれる羅須地人協会跡地は、賢治研究家や賢治ファンの聖地である。花巻の小中学・高校生や地元の人びとが詩碑「雨ニモマケズ」前でその詩などを朗読したり、作詞作曲した曲を歌ったり、童話を演じたりして、いかに賢治作品が今も愛され続けているかを再認識させてくれる。もう何回もこの賢治祭には参加しているが、見る度に眼下に広がる黄色い稲田や北上川や岩手山などの光景も含めて賢治の精神を身近に感じる。賢治の魂はこの松林を渡る風に乗って今も生々しく息づいている。二度目は岩手の詩人、俳人、批評家などと北上川のせせらぎの近くで著者の思いを聞き原稿の打ち合わせをした。北上川の水辺にいると何か豊かに満ちてくるものに促される。
 その前々日の九月十九日には、安保法案の参議院の審議打ち切りの採決があった。私は「子規の死す九月十九日未明国会死す」という句を記した。国家や財界が戦後目指してきた平和国家の理念を捨てて、ハイテク技術や精密加工技術を兵器に転用していくハードルを大した議論を経ずに楽々と越えてしまった。軍事に依存する経済になれば必ず米国のようなたえず戦争に加担していく状況が近未来に出現するだろう。恐ろしいのはそのことを確信犯的に政治家や財界人が本音を隠しながら既成事実化していき、いつのまにか私たちが加担させられていくことだ。
 十一月七日には『平和をとわに心に刻む三〇五人詩集』と詩文集『生存権はどうなった』の合同出版記念会を高円寺で開催した。全国から五〇名近い人たちが駆けつけてくれた。二〇一五年にこの二冊のアンソロジーを刊行できたことは、参加してくれた共同著者に心より感謝したい。平和と人権を直視しその意味を具体的で多様な感受性から書かれていて、この時代の背景が記されていて二〇一五年を象徴する書籍になったと私は考えている。その出版記念会で来年の詩選集である『非戦を貫く三〇〇人詩集』、『少年少女に希望を届ける二〇〇人詩集』、『海の詩集(約五十名・非公募)』の三冊の企画が発表された。その中の『非戦を貫く三〇〇人詩集』は「憎しみの連鎖を断ち、平和を創るために」というサブタイトルが付き、その呼び掛け文の基になった評論〈日本の詩人たちにとって「非戦」とは何であり続けるか〉を本号に記した。その中で日露戦争直前の小説『大菩薩峠』を書いた中里介山の詩「乱調激韵」は本格的な〈非戦詩〉であったと考えられて、その詩から〈非戦詩〉の系譜を論じた。この詩選集には詩人だけでなく他の分野の表現者たちやこれから集団的自衛権の名のもとに戦争に加担させられるだろう若者たちにもぜひ参加してもらいたい。志願した学生以外にも学徒増員で風船爆弾やその他の多くの兵器製造に携わった学生たちは、生涯にわたり心を痛め苦しみ続けてきただろう。そのように現代の最新兵器製造に関わる労働現場に巻き込まれる私たちもまた自己の平和思想を決定的に試されることになるだろう。マスコミ・出版界でもナショナリズムを煽り、韓国や中国を貶めて刊行部数を売ろうとする行為は、戦争に加担する導火線になっている。そのような編集の責任者・発行者たちは限りなく罪深いと私は考える。
 また元中学校教師で詩人の曽我貢誠さんが提案し編集にも参加してもらう『少年少女に希望を届ける二〇〇人詩集』は、大人世界の縮図のような学校現場の子どもたちや教師に希望を届けたいという熱い情熱から始まった。詩人には教育関係者の方が多いので、ぜひ多様な観点から教育現場に愛され活用される詩篇を書いて頂きたい。この二つの詩選集の公募趣意書も今号に掲載しています。ぜひご参加下さい。
 今号にも多くの詩篇が寄稿された。その中の心に残る詩行はたくさんあるがほんの少しだけ紹介したい。「戦争のできる国にゴリ押しでやった 人/この輝く月の光で 倒れろ/私は 白い花びらを何枚も集めてピカピカに磨いて/あなたを倒す」(「満月 一」秋野かよ子)。〈「百万本のバラ」の 一本が/私の心の奥にまで/深く届いたように/法案反対の十二万人もの声は/為政者たちの耳に 心に/届いたのだろうか〉(「『百万本のバラ』を聴いた夜」たけうちようこ)。〈あなたは あなたは本当に/その人を愛しているのですか?/私は殺人鬼と思われても/「頑張って生きろ!」とは言えないかもしれません〉(「最期」井上摩耶)。「空の高いところで/銀の鈴が鳴っているのは/見守られているという/心のぬくもりを まだ/忘れずにいるからだろうか」(「閉じられた窓」淺山泰美)。
 私にとってこのような詩篇を書き続ける詩人たちは希望であり、そのような詩を発表する場所である「コールサック」(石炭袋)をこれからも刺激的な場所にしていきたい。
スポンサーサイト


  1. 2015/12/02(水) 18:26:45|
  2. 編集後記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

詩誌コールサック84号

福島の祈り ―原発再稼働の近未来      鈴木 比佐雄

父や母の通った豊間中学校の体育館が
3・11の津波でぶち抜かれて
残されたシャッターが海風に
ひらひらと揺れていたのを見た時に
いわきの薄磯海岸で何が起きたのか
分からずに夢の中にいるようだった
あの時に中学生たちはどのように逃げたか

ひと月後に立ち寄った蒲鉾工場や海の家の町は
思い出を剥ぎ取られた木片と鉄片の廃墟だった
バス通りに沿った家々は全て破壊されて
水の銃弾が薄磯町をなぎ倒しいった
その校舎や家々が壊されていく破壊音が
胸を掻き毟り今も消えることはない
故郷が目前で崩れていく擦過音だった

あの日から五年近くが経ち更地になった町は
復興することもなく空地のままだろうか
海の神に連れさられた母の遠縁の叔父夫婦から便りはなく
山へ逃げて助かった人びとは
少し高い場所に暮らし始めているのだろうか
水平線と共に暮らす人びとは
きっと水平線を恨み続けることは出来ないだろう

海の神は次の津波の準備をしているかも知れない
私の先祖は松島で船大工をしていたそうだ
母の実家を引き継いだ従兄弟から町での屋号は
〝でえく〟(大工)と言われていると聞いた
私の先祖は太平洋の黒潮に乗って北上し
福島の浜辺に住みつき船大工をして漁師を助けた
鈴木という苗字は稲作を広めた人びとだ
思えば母方の祖母は亡くなる直前まで稲作の心配をしていた
自分の命よりもその年の米の出来を気にしていた

福島に黒ダイヤと言われた石炭が産出し
祖父と父は石炭を商うために故郷を捨てて東京に住みついた
祖父も父も戦前・戦後の下町のエネルギーを支えたが
昭和三十年代に石炭屋は役目を終え店は潰れた
そんな斜陽産業の息子だった私は石炭風呂をたてながら
黒ダイヤの燃える炎が静かに消えていく光景を見ていた
残照は美しく心に残り夜空の星の輝きと重なっていった

石炭産業も衰退した過疎の浜通りに目を付けた東電は
双葉郡の払い下げられた軍用飛行場後に目を付けて
「クリーンで絶対に安全な福島原発」を
一九七一年に稼働させた
母の伯父夫婦が来年に福島原発が稼働することへの
不安な思いを話していたことを今も思い出す
すると私は激しい怒りのようなものが溢れてくる
福島・東北の浜通りは、津波・地震などの受難の場所だ
そんな所に未完成の技術の危険物を稼働させてしまった
誰も事故の責任を誰も取ることがない恐るべき無責任さに
現代の科学技術は人間や地球を破壊しても構わないのだ
避難している人びとを犠牲して東電は黒字を確保している

 半径三〇kmゾーンといえば
 東京電力福島原子力発電所を中心に据えると
 双葉町 大熊町 富岡町
 楢葉町 浪江町 広野町
 川内村 都路村 葛尾村
 小高町 いわき市北部
 こちらもあわせて約十五万人
 私たちが消えるべき先はどこか
 私たちはどこに姿を消せばいいのか
   (若松丈太郎「神隠しされた街」より)

一九九三年にチェルノブイリへの旅の後で書かれた詩篇は
今もその予言性を語り続けている。
二〇一五年に鹿児島・九電川内原発が再稼働された
その他の原発も稼働させるのだろう
福島の祈りを無視すれば
近未来のいつの日か
海の神や大地の神によって
「私たちはどこに姿を消せばいいのか」
と突き付けられる日が必ず来る



  1. 2015/12/02(水) 18:25:38|
  2. 詩篇
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

FC2Ad