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詩誌「コールサック」81号刊行

3月1日に詩誌「コールサック」の最新号、81号刊行します。
ここに私の詩篇とあとがきを掲載します。

人の命を奪わない権利    鈴木 比佐雄

桜の咲く季節になると
宗左近さんが主宰した市川縄文塾の仲間たちと
毎年、弘法寺の枝垂れ桜の花見を思い出す
晩年の宗左近さんは
桜は弥生人が持ち込んだ花だと言いつつも
自らを「桜狂い」と語っていた
桜の咲く季節になると
顔がほころんでいた
私もこの寺には高校時代から通っていて
死んだ弟や父母や恩師を偲んでいると
宗左近さんはその気持ちを汲んで
「さようならは ない」
という言葉を自筆で与えてくれた
その言葉は私の胸に今も刻まれている

宗左近さんが二十歳代の頃
日本では良心的兵役拒否はありえなかった
徴兵制から逃れるために食事を取らず
身体を酷使して身体を壊し
自らを狂人にして兵役を逃れたという
戦争を拒否しても
一九四五年五月の繰り返された東京大空襲で



宗左近さんと母は炎から逃れるために走ったが
母の手は離れてしまい
戻ってみると母は炎えていた

桜の咲く季節になると
宗左近さんは仲間と花見をして
桜並木が眼下に見える小さなレストランで
小さな句会を開いた
句でも一行詩でも短詩でも何でもありだった
その作品の愛情あふれる解説の後に
特選だった数名にワインをプレゼントされた
宗左近さんの笑顔は桜が咲いたようだった
東京大空襲で死亡した母や親友達を偲んでいたのだろう
桜の花見が続く平和な時間が続くように
胸にはイラク空爆反対のバッジを付けていた

一九四三年十月に明治神宮外苑競技場で
数万人の学生が銃を担いだ学徒出陣式があった
「生等もとより生還を期せず」という答辞が読まれ
その一月後に入隊前の国民学校教師だった寺尾薫治さんは
「僕は軍隊の行進の音が嫌い」と語り自死した
フランス語の本やロシアの演劇の本を読み
イタリア民謡を口ずさんでいたという
子を亡くした母は「戦争が憎い」と死ぬまで語っていたと
四男の絢彦さんが長兄の薫治さんに関する資料を
冊子にまとめたという記事を読んだ
               (朝日新聞2014/10/23)
宗左近さんだけでなく学徒出陣を促された数多くの学生が
薫治さんのような思いに駆られただろう
絢彦さんもまた兄を偲んで桜を眺め続けているのだろうか

二十歳を過ぎた韓国人青年の李イェダさんは入隊前に
600ドルと片道切符を手にパリへ向かった
               (朝日新聞2014/10/25)
自らを「1匹の蚊も殺せない性格」だといい
中学生の頃に手塚治虫の漫画「ブッダ」に感動し
「人の命を奪う権利はなく、殺人の訓練は受けられない」と
国を捨ててフランスへ難民申請をして認められたという
李イェダさんを日本へ招待した作家の雨宮処凛さんの前で
「正しいと思うことをするためには外国にいくか、
 刑に服すしかない。こんな社会にしてならない」といい
本当は日本に難民申請をしたかったが
日本では難しかったと語った
きっと宗左近が生きていたら
この若者に共感し自らを重ね合わせただろう

もうすぐ桜の咲く季節になり
イスラエルの良心的徴兵拒否の若者についての
詩を書きたいと亡くなる前に語っていた浜田知章さんと
縄文の愛の精神を生きた宗左近さんたち父の世代から
また呼び掛けられるだろう
「人の命を奪わない権利」を日本は残しているのかと


編集後記 鈴木比佐雄


 早朝の散歩で二月の田畑は霜柱が立ち、それを踏みしめると切ない音が聴こえてくる。多くの野鳥の声は、この世界は多様な生ける存在者たちが棲む空間から成り立っていることを知らせてくれる。鳥の声を感じることが出来る時は、心がゆったりしていて鳥の言葉を理解できたら、どんなに楽しいかと異次元時空間の空想にふけるのだ。鳥語を理解しようと感ずることと詩を読みその詩に感動しその詩や詩人を論じたいと思うことは、どこか共通点があるように感ずる。秋から冬にかけて東北の詩人・作家たちから多くの林檎を戴いた。その林檎を食べた後の皮を切り刻んで庭の餌場に置いておくと、鵯や目白などが必ずやってきて食べ散らかしていく。東北の恵みを享受することのささやかなお返しである。
今年は、戦後七十年であり、コールサック社を株式会社して十年目を迎える。しかし新年早々に私は二人の「父」を失った。一人は義父であり、妻の実家の秋田で若い頃から宗教・思想・評論・美術書などの新刊を買い求め読破し、クラシック音楽を愛し、豊かな精神生活を生涯送り続けた。三男であったが母の老後を見るために進学を諦め秋田に留まり、秋田の森林関係の仕事に生涯従事した。曹洞宗の禅寺の家系なのでお経は朝晩欠かさずに行っていた。私は義父の背中を見ながらそのお経を聴くことが楽しみだった。文体から本質を見抜く力があり、全国的に高名な評論家であっても、容赦なくその問題点を指摘した。秋田に帰るたびに、酒を呑みながら、様々な本の話をしてきた。義父の禅的な仏教思想と私の学生時代から関心のある実存主義・現象学・存在論とは突き詰めていくと共通性があると私は感受させられていた。また私のよく知らない芸術家・批評家たちの魅力も数多く紹介してもらった。その意味で私の出版活動にとって最大の理解者・応援者であった。コールサック社が刊行した『畠山義郎全詩集』の著者である詩人で合川町長を四十年以上勤めた畠山義郎氏は、義父と鷹巣農林高校の親しい同級生であり、二人とも戦前から文学・評論・芸術など、そして秋田という風土を愛する青年であり、地に足がついた自由人であった。それ故に二人とも戦争中は軍部に睨まれた。地方には二人のような本当の知識人がいたが、そのような人びとが少なってきたことが本の売れなくなってきた背景としてあるのではないかと思うのだ。
もう一人は岩国・広島の詩人である御庄博実さんだ。一九九七年に「火皿」の御庄さんや長津功三良さんたちが浜田知章さんを広島に招待し講演会を開いた。私は浜田さんに同行して、二人の酒席で紹介されたのが初めだった。二〇〇一年に『浜田知章全詩集』を刊行した際には、広島で御庄さんが中心になって出版記念会を開いてくれた。また二〇〇七年に刊行した『原爆詩一八一人詩集』には序文と二篇の詩を寄稿してくれ、多くの詩人たちにこの詩選集を勧めてくれた。『原爆詩一八一人集』の初校を御庄さんに送るとすぐに電話をくれて、本格的な『原爆詩集』が出来たことをいち早く喜んでくれ、編集への労いの言葉は本当にうれしかったことを覚えている。御庄さんは被爆医療に携わる医師であり、韓国人被爆者やイラクでの劣化ウラン弾で被曝した子供たちへの支援を行った実践的な詩人だった。私は御庄のような詩人が真に日本を代表する日本の宝のような詩人なのだと今も考えている。そのような二人の「父」を亡くして、日が経つにつれてその存在の大きさに気付かされるばかりだ。今号の私の評論「戦後七十年 広島・福島そして原郷を担う詩人―御庄博実・長津功三良・若松丈太郎・柴田三吉・原子修の試み」をお読み頂ければと思う。東電福島第一原発事故を引き起こし、今も多くの人びとを苦悩させている戦後七十年を五人の詩人を通して考えさせられたことを記した。
募している『平和をとわに心に刻む三〇〇人詩集―十五年戦争終結から戦後七十年』は、多くの詩篇が届き始めた。当初は締め切りを三月末日と考えていたが、四月末日に延期したいと考えている。公募を待つだけでなく収録させて頂きたい詩篇についてはこちらから収録をお願いしたいと考えている。先日、ある新聞社の記者からこの詩選集に関する取材を受けた。詩人たちが戦後七十年において「平和」の意味をどのように感じて考えているにとても関心があるようだ。戦争責任を「心に刻む」と戦後四十周年に語ったドイツのヴァイツゼッガー元大統領も先日亡くなってしまった。この言葉はどれほど世界に影響を与えてきただろうか。この言葉を真剣に考える戦後七十年にしたいと願ってこの企画を提案させて頂きた。ぜひご参加下さい。
宮沢賢治は、短歌から始まり童話、詩、セロの演奏、田の肥料設計、花壇の設計、作詞作曲、文語詩など多くの表現活動をした。その表現の幅の広さは必然性があり、根底には変わらぬ詩的精神が宿っている。私は詩人が詩だけでなく他の表現活動をすることによって、違う分野の手法によって詩の領域をより豊かにするだろうと考えている。その意味もあり、今号から時評、詩集評、詩誌評だけでなく、俳句時評、短歌時評も開始した。俳句評は川村杳平さんで、コールサック社から俳人歌人評論集『鬼古里の賦』を刊行した俳人・評論家で、全国的な視野を持ちながら特に関東・東北の俳人・歌人に詳しく、歌人大西民子の評伝も執筆している。また原詩夏至はコールサック社から歌集『レトロポリス』と小説『永遠の時間(とき)、地上の時間(とき)』を刊行した。原さんは詩以外に短歌、俳句、小説そして評論なども手掛ける表現者だが、どの表現にも独創性があり切実な課題を背負っている。
在日の小説家黄英治(ファン・ヨンチ)さんによる連載が続いていた小説『前夜』が今号で完結した。この『前夜』の試みは、戦後七十年が来てもアジアの人びとを蔑視する感情を克服できないで、その人権や名誉を踏みにじる心無い言葉の実相を暴きだしている。その突き付けられたものは、日本人の中の他者性の貧困であり、在日の二人の若者を通して、ヘイトスピーチを発語することを許容してきた日本人の言葉に対する危うさである。ヘイトスピーチは麻薬のような言葉でこれは治療しないと社会全体に不信感が増幅し人間を侮蔑させて社会を死に至らせる病だろう。この小説は初夏には発行予定だ。
今号ではカラー頁の冒頭に清水茂さんの水彩画とエッセイを寄せて頂いた。清水さんの絵はこの世にあることの喜びを感じさせてくれる一篇の詩だ。沢山の詩、エッセイ・評論、翻訳、書評などをお送り下さり感謝致します。次号にもぜひご寄稿下さい。

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  1. 2015/02/24(火) 16:02:45|
  2. 詩篇・編集後記
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