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新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
今年のコールサック社の年賀状には

「初日の出 アジアの大地 馬駆ける」という句を添えました。
私は午年なので、日本、韓国、中国が緊張の呪縛から解かれて
平和なアジアを創造していくことを願って詠みました。

それから昨年の暮れに刊行した「コールサック」77号に発表した11篇の詩を再録します。お読み頂ければ幸いです。

▪鈴木比佐雄・小詩集
 『「原故郷」を巡る蔚山(ウルサン)・慶州(キョンジュ)の旅』 十一篇
   ―二〇一三年八月二十三日~二十六日
  

Ⅰ 仏国寺の雨


 1 山桜

慶州の仏国寺へ至る山道には山桜が
いつの頃から植えられていたのだろうか
古代から山桜を愛でる花守たちが
奈良の吉野と慶州にいたのだろう
私には慶州と吉野が兄弟のように思えてくる

恵みの雨が八月の山桜の葉に落ちている
ひと月以上も雨が降らなかったらしい
焼け付くような陽射しが隠れ
辺りの空気は水蒸気で和み
雨は山の緑と人の心に命を甦らせた

鳥や獣たちは水辺に降りたち
野草たちは山の土から喉を潤す
雨の音は辺りの喧騒を静め
蟬の鳴く豊かな祈りの時間を甦らせ
人びとを救いがたい争いから自由にさせる

山桜が途切れると山門が見えてきた
この場所から多くの若者たちが世俗を捨てて入門した
この場所から多くの信者たちが世俗に帰って行った
この世界には聖なる場所が必要なのだろう
そのために仏教徒たちは山桜を植え続けているのか

私たちを招待してくれた高炯烈(コ・ヒョンヨル)さん、権宅明(コン・タクミョン)さん、イム・ユンシクさんたち
韓国の詩人たちと山道の空気を吸ったことは喜びだった
私と中村純さんは彼らの友愛を胸に山門を潜って行った
遠い過去の願いが遥かな未来につながるように
様々な障害を乗り越えて現在が豊かな現在になるために


 2 楓

葉の中で最も美しいものは春の楓だろうか
春には嬰児(みどりご)の手のような葉が無数に開き
春風の中で無数の手がいっせいにざわめくのだ
夏の楓は夏の陽射しの中で耐えている
風がない時でもその名の通り木から風を吹かすのだ

かつて私は次のような二十世紀末に詩「二十世紀のみどりご」を書いた
 
 みどりご
 古代韓国語で
 ミ(三)ドル(周)ゴ(児)
 三歳の男児のことらしい
 ミドルとは
 ミ(水)ドル(石)でもあり
 主語の助詞がつくと、ルがイに変化し
 ミドリになるという(*)
 水中に苔むした石は
 緑色にも青色にも見える
 あの日のウランが臨界に達し
 中性子を放出した時と同じように
 
 人は川べりで
 自然光が当たる美しい青緑色をみるべきだ
 あおみどろ(青味泥)をながめるべきだ

 Oさんを八十三日間も苦しめたもの
 中性子線の青い淵に沈めたものは誰か
 原子力行政は「人命軽視が甚だしい」
 という医師たちの痛みの言葉を黙殺し
 国も電力会社も安全神話の迷路に逃げて行く

  二十シーベルトを被曝した
  ぼくの壊れたDNAを置いていくよ
  ぼくのように被曝した多くの人よ
  ぼくらはミ(美しい)ドリ(鳥)の子となって
  二十世紀の放射能の森に永遠に閉じ込められたね
  妻と子供たちよ、近寄らないで、怖いことだが
  この森では二十一世紀の時間が朽ち果てているよ
      (*李寧熙『天武と持統』を参考)

ミドリゴの由来を辿っていくと
日本語の中に韓国語の痕跡が残されている
韓国語の中には日本語と同じ叙述構造が存在する
これほど言語においても容姿においても似ている国はない
隠しても隠し切れない兄弟姉妹の絆が透けて見える
  
仏国寺の楓も雨に打たれて精気を取り戻している
京都の寺院の楓も今頃は雨に打たれているだろうか
秋の紅葉に向かうためにはどれほどの夏の陽射しが必要か
こんな嬰児(みどりご)の手を忘れてしまうことから
全ての悲劇や戦争が始まるのかも知れない

戦争の悲劇を見詰めた仏教徒たちはその戒めで
楓を植えたのかも知れない
仏国寺の夏の楓は少年のような精気に満ちて
雨にぬれ頭を垂れて私たちを迎えてくれた
無数の葉が無数の嬰児(みどりご)の名前を呼んでいる

 
  3 石橋

木のような温もりをもった石の橋があった
下の十八段の青雲橋、上の十六段の白雲橋
橋の何は古代朝鮮の「天人」が住む天空への憧れか
志のある仏徒たちは旅たつ前に寺に詣でて
未知の世界への憧れを奮い立たせたのだろう

青雲橋と白雲橋を踏みしめて
旅の安全と志の成就を願ったのだろうか
石造りの決して朽ちることのない欄干に触ると
千数百年前の石の職人たちによる
石を削る技の響きが聞こえてくる

永遠に若者たちの青雲の志はこの階段に刻まれている
青雲橋の下にはアーチ型の虹門がある
雨上がりの青雲と白雲に架る美しい虹のように
残された者は虹門を潜って
愛する人の帰還を願ったのだろうか

唐時代の『大唐西域救法高僧伝』に記されている
新羅の慧業、玄太、玄格はこの地を発って
東海から南海を経由してインドに向かったろうか
彼らがもたらした仏教は中国へも日本へも
多くの恵みをもたらしたに違いない

旅立っていった仏徒たちの志は
青い雲を越えて
白い雲を越えて
再びこの地に戻ってきた
蒙古班のある嬰児(みどりご)の手や楓の葉を抱きしめるために


  4 釈迦塔と多宝塔

仏国寺の釈迦塔と多宝塔は無影塔と有影塔とも言われている
かつて申東曄(シンドンヨブ)の『阿斯女(アサニョ)』の詩篇を
姜瞬(カン・スン)の訳で読んでいた私は
百済の石工の阿斯達(アサダル)と
阿斯女(アサニョ)の悲しい物語を思い出した

多宝塔を作り終えた阿斯達は
次に釈迦塔の製作に取り掛かった
妻である阿斯女は千里を歩いて
阿斯達に逢いにやってきた
仏国寺の僧侶達は釈迦塔が完成するまで待てと言った

完成すれば塔が映ると言われ
阿斯女(アサニョ)は毎日、影池を眺めていると
月の晩に池に多宝塔に佇む夫が映し出され
阿斯女は恋しい夫の姿へ走っていき
迷うことなく池に身を投げ出していった

釈迦塔を完成させた阿斯達は
この地に阿斯女がきていることを知り
逢いに行くとすでに妻は溺死していた
阿斯達は妻に永遠に寄り添いたいと
妻のように池に身を投げてしまった

きっと阿斯達は二つの塔に
妻への愛を刻んでいたのだろう
たとえ釈迦堂の影であっても
夫の愛が伝わってきたのだろう
だからそこに身を投げたのだ

法華経が収蔵されている釈迦塔はそんな悲恋を見守り
自らが光り輝き、永遠に影を持たないのだろうか
そんな美しい伝説を生み出した多宝塔を見上げて
古代の阿斯達と阿斯女を偲んだ
釈迦堂と多宝塔は二つの愛しい嬰児(みどりご)なのだ

 
  5 石窟庵の大仏

小雨の中を白岩を敷き詰めた山道を歩いていく
木々の緑から蟬の鳴き声が響き
足元から世俗を脱して清められていく
いったいこの白岩はどこから運ばれたのか
私たちは世界遺産である新羅千年の宝物に逢いに行く

東海から朝日が昇る場所に石窟庵があった
かつては日の出が高さ3・48mの大仏の額を照らしたという
大仏である釈迦如来坐像は永遠の静かさの中にいた
人びとは日が昇る前に白い山道を歩き
黄水晶のような光が当たる大仏の神々しい姿に救われた

内部は頭上から見たら前方後円墳の形をしてその側面には
レリーフの八部神像、金剛力士、四天王像、帝釈天、梵天、
 文殊菩薩、普賢菩薩、十大弟子像、
十一面観音菩薩たちが取り囲んでいた
新羅の石工達は仏の生命力と慈悲を釈迦如来坐像に宿した

石蓮華台に座禅し千年以上も瞑想を続ける大仏は
白岩は内部から発する白光のように岩を柔肌に変えている
慈悲深い仏の顔は全てを受け入れて安堵を抱かせる
人びとはこの安堵を得るために山道を歩き続けるのだろう
このドーム型の石室には新羅の民の願いが込められている

山道に敷き詰められていた白岩は
大仏と菩薩たちを彫琢した後に出た岩片だったのだろう
白い山道を歩く足元から仏の柔肌の光が伝わっていた
仏の命を白岩に宿す技巧が新羅の石工だったのだ
東海からの朝日がいつの世も大仏の額を照らし続ける


 6 月城(ウォルソン)

山道を車で走ると月城という美しい名をもつ場所にきた
この附近に月城原子力発電所があると通訳の権宅明さんが告げた
中村純さんは放射能測定器を見ていた
海岸線の道にでるとしばらくして月城原発が見えた
尿からセシウムが出た子を持つ中村さんは写真を撮っていた

施設の一部が肉眼で見ることができた
月城原発は四基が稼働していて
1号機は韓国で2番目に古く一九八二年に稼動した
今年の二月には四号機の蒸気発生器から冷却水が漏れて
十一人の作業員の誰かが被曝したという記事を読んでいた

隣接する新月城原発は1号機が稼働し2号機が試運転中らしい
車から見えるのは原発のどんな施設なのだろうか
人びとの暮らすこんな近くに原発が存在していた
蔚山の工業地帯の電力はこれらの原発に頼っているのか
福島の悲劇がこの月城に起こらないことを祈るばかりだ

東海の澄んだ青い海に放射能は流されているのだろうか
魚介類にセシウムが累積されていないだろうか
きっと日本の原発と同じように「安全神話」が繰り返されて
本当の情報は知らされないのかも知れない
いつか東海から昇る月の光が放射能のない月城を照らす日が来るだろうか


  7 観恩寺の石塔
 
三国を統一した新羅第31代神文王は父の遺言どおりに遺体を海に葬った
海からやってくる倭寇の脅威に対する盾となろうとした
日本では海から神がやってくるという民話が数多くある
新羅では海から鬼のような倭寇が攻めてきて多くを奪っていった
父の文武大王の遺体はいまも海辺を守っているのだろう

父への畏敬と感謝を込めて作られた観恩寺址には
狗尾草(エノコログサ)や姫女苑(ヒメジョオン)などの野草が咲き
13・4mの東西三層石塔の二塔が佇んでいるだけだ
眺めていると二塔は国を守る父と子の強い意志に思えてくる
葉が生い茂る木々からは蟬の声だけが鳴き続けている

韓国で最大の二つの石塔の前に立っていると
海に沈み龍となって護国を誓った父と
父の意志を継ぎ国の平安を実現しようとした息子の
目に見えない深い絆が見えてくる
石塔に触れてみると千数百年が一瞬に押し寄せてくる

 
Ⅱ 蔚山(ウルサン)の鯨


  1 アジアの蠟燭の火 「아시아의 촛불」―高炯烈さんへ
  
曇り空の中を金海空港に降り立つと
高炯烈さんと権明宅さんが迎えてくれた
さりげなく、何か気恥ずかしそうに
手を差し伸べる高さんと再会した

高さんは本当に懐かしい人だ
私のはるかな昔の先祖は百済の民で
高句麗から攻められて
ソウルから船で脱出した時に
彼とは再会を誓い合って手を振りながら
永久の別れをした思いがしてくる

一九九九年に東京の狛江で初めて会った時から
高さんの中に私の分身のような影と光を感じた
広島原爆の韓国・朝鮮人の被爆者五~七万人
生き残った三万人近くの多くの人びとは陜川(ハプチョン)に戻った
その過酷な運命を背負う一人の少年「リトルボーイ」に
韓国・日本・米国の二十世紀の歴史の悲劇を語らせた

彼の中に燃えているひたむきな詩的エネルギーが
国境を越えて私にも燃え移ってきた
それはかすかな蠟燭のような火だったけれども
決して消えることのない一筋の純化された火だった

それから十五年の間に詩誌「コールサック」(石炭袋)で
『長詩 リトルボーイ』と『アジア詩行』の二冊を翻訳し
日本国内で刊行し彼を広島や東京に呼んで二度出版記念会を開いた
多くの日本の詩人たちに彼は敬意を持たれている

アジアの詩人を入れた詩誌「詩評」を十数年刊行してきた
高さんのひたむきな情熱が海の隔たりを越えて
私たちを蔚山に呼び寄せた
第八回アジア詩人大会「アジアの蠟燭の火」
その炎が海の蠟燭となって私たちの目の前で燃えている
高さんの火は決して人を傷つけない人を殺さない
人の存在のかすかな吐息を包み込む柔らかな火だ
私はいつまでもその火を見続けて
その平和の火を多くの人びとに手渡したいと願うばかりだ
権さんから私たちに一冊の深緑色の本が手渡された
私たちの講演原稿と詩篇を権さんが翻訳した当日の資料となる本
緑色に燃える柔らかな火の本だった


  2 泰和川(テファガン)の辺で   

新しい街に着いた時には
いつも川のほとりを訪ねてみる
朝の川原に残されている野草を見て
その川がどのくらい街の人びとに
愛されているかが分かるのだ
その街に暮らす人びとが
川岸の道を歩きながら思案している

たとえ国が違っていても
川原を歩く人びとの表情はとても素直で
なぜか懐かしい顔をしている
時に悲しい顔に出会う場合もある
そんな時にはこっそり付いていって
川に飛び込まないように見張りたくなる

初めての蔚山の街には
泰和川が流れていた
昨日はひと月ぶりに雨が降ったそうだ
四十度以上の日が続き
川の上流の山の上から
雲が白い川のように流れてきた
その雲の川は海辺の方へ
白い鱗をくねらせて流れている

空の川から見つめられる川辺の人よ
今日はどんな一日が始まるのだろうか
私の今日は韓国の詩人達の前で「原故郷」の講演をする日だ

 
  3 海辺の朝顔(ナパルコ)

蔚山の海辺のホテルの下は
東海(日本海)が眼下に広がっていった
朝日が東の水平線から昇り
この海は韓国から見たら間違いなく東海なのだ
穏やかな海から火の玉が転がって帯を引いて
私の部屋の窓を突き抜けてやってきた
朝の潮風も窓からやってきた
上半身裸の男たちが漁船を用意している
早朝に散歩する恋人たちは海岸線を歩いていった
私は海辺に降りていって朝日を浴びて
壊れた貝殻を拾い打ち寄せる波に手を浸した
迎えのバスの時間が迫ってきたので
ホテルに引き上げると道端の野草の中に
朝顔の小さな青い花が咲いていた
一輪を摘んでその青さに見入っていた
バスに乗り込むと韓国詩人協会会長のシン・ダルジャさんが坐っていた
野草のような静かな彼女の佇まいを見て
その花を差し出すと受け取ってくれた
シンさんは戸惑いながらしばらく眺めていると
脇に坐る中村純さんへあなたに相応しいと手渡してしまった
朝顔の花を中村さんは押し花にするといって受け取った
そんな蔚山の朝顔のキャッチボールをしながら
私たちのバスは朝食会場に向かっていった


  4 蔚山の鯨

韓国の詩人達と私と中村さんは
船に乗って鯨を見に行った
中村さんの祖父は十六歳の頃この町から日本に旅立って行った
そのことを想起して中村さんは突然涙ぐんでしまった
そんな中村さんを韓国の女性詩人は抱きしめて慰めてくれた

東海と日本海、独島と竹島
韓国と日本の争いは猫パンチのようなものだ
海も小さな島も古来から鯨やアシカなど海の生き物のものだ
人間たちはそれをただ貪り消費してきただけだ
海に国境を作り猫パンチを繰り返す
朝の光にも月の光にも国境はない
石窟庵の大仏の慈悲の光はあまたを照らしている

船の中の席の隣に坐ったのは申庚林(シン・ギョンニム)さんだった
申さんは来日し谷川俊太郎さんと対談をしたこともある
最近の詩集『ラクダ』は数十万部も売れているらしい
申さんは私の講演を最前列で聞いて温かい言葉もかけてくれた
そんな笑顔と権宅明さんの同時通訳に励まされて
私たちは講演を無事に終えることが出来た

私は朗読会のスピーチで石窟庵の大仏と
申さんの慈愛に満ちた笑顔が似ていると語った
私は冗談でなく本当にそう思ったことを話しただけだったが
聴衆からいっせいに爆笑されてしまった
そんな申さんと船の中で通訳を通して語り合うことが出来た
「詩とはぐうたらなやつが書くものだよ」という
宮沢賢治のような木偶のぼう精神を持つ申さんに思いきって提案した
慶州の寺院を巡り湧き上がってきたものがあります
例えば韓国の詩人一〇〇名と日本の詩人一〇〇名の詩人が
アジアの根底にある森羅万象の命を慈しむ仏教精神で詩選集を作りませんか
すでに書かれている仏教精神の名詩も収録したいと思います
日本と韓国の詩人が政治や経済や国境を越えて
故郷と異郷の根底に横たわる「原故郷」を求めていくために
申さんの力を貸して下さいと提案した
それは面白い発想ですね
仏教詩人の韓龍雲などは入れたいですね
応援しましょうと、高さんと相談して進めて下さい
私も日本では宮沢賢治の詩を入れたいなどと話しあった

後で高炯烈さんにも話すと
名詩だけを時間をかけて集めることが大事でしょう
出来る限り協力しましょうと言ってくれた
またその詩集が出来たら韓国と日本の詩人の各一〇〇名ぐらいが
国境である海上の船に集まり朗読会を開くことを
ぜひ実現しましょうと付け加えた
高さんの国境を越えていく精神こそが「原故郷」への道なのだ
鯨の姿を見ることは出来なかったが
日本と韓国の根底に広がるアジアという「原故郷」の尻尾を
韓国の詩人と私たちはつかむことが出来ただろうか
私たちを呼び寄せた韓国人の友愛とそれに応える友愛が
未来の「原故郷」を生み出していくに違いない



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  1. 2014/01/10(金) 19:33:28|
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