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詩誌「コールサック72号」発表詩 二篇

塩屋埼灯台の下で  
  ―二〇一二年三月十六日 薄磯海岸にて


浜辺に降り立ち
黒い波頭が残した
石炭の煤のような
黒砂に見入った

残されたものは白砂に交じった
黒光りするまだら模様の海の傷
母の実家周辺に供えられている造花の花ばな
この浜辺の大波に百数十名がのまれた

あの日からちょうど一年が経ち
叔母の命はその日に消えた
三姉妹の最後の命が
海へ還っていった

塩屋埼灯台の下
荒波の打ち寄せる浜辺で
三姉妹が潮水にたわむれて
はしゃぐ姿がみえる

十数年前の母の葬儀の後で
また 遊びにおいで
と丸顔の優しい笑顔で
私に語りかけた叔母の声

叔母の家は隣り町の江名
海岸から近い山道を登っていくと
花々の咲いている玄関があった
振り向く地平線が眼の前だった

十年前に亡くなった母と同じ
腎臓透析をしていた叔母
きれいな水が必要だったのに
近くの病院では水もなくなっていた

葬儀の挨拶で喪主のいとこは
悔しそうに水のことを語った
「母は東京・横浜の病院に転院し
戻ってきた時には弱りきっていました」

葬儀の後に
薄磯海岸に舞い戻り
黒砂に指でたわむれて
欠けた貝殻を拾い集めた

三姉妹は貝殻を集めて
この浜辺で遊んでいる
夕暮れの灯台が灯る頃に祖母が
堤防から夕餉の時を知らしている

海へ怒りをぶつけても
海から沈黙の潮騒の音
母や叔母たちに呼びかけても
遠くの大波小波が立ち騒いでいるだけ




白川疎水の縁し  
  ―二〇一二年四月十五日 京都・銀月アパートにて


京都左京区の吉田山の近くの錦鱗館で
エッセイ集『京都 桜の縁し』を祝する
小さなライアーのコンサートが開かれた
五十人ほど入るといっぱいになる
緑の庭園に囲まれた庵のようでもあり
山深い小さな教会のような佇まいだ
屋根が高く音は天に響き木の壁に
吸い込まれていくようだ

淺山泰美さんのライアーの音色は
静かな場所と
静かな心がないと
聞こえてこない
沈黙とライアーが対峙し合い
奏者の指が沈黙の空間から
ゆっくりと振り下ろされて
沈黙とライアーの弦がこすれあって
聞く者の心に沈黙の在りかを届ける

コンサートが終わった後に
私には沈黙の中から
さらに深い沈黙が響き渡る
命が揺らいで身体の奥から新しくもあり
懐かしくもある音が湧きあがってくる
ライアーはきっと曲のメロディを解体させて
身体の中の本来的な沈黙の音を甦らせる

私は老木の枝垂れ桜に導かれるように
吉田山の麓から今出川通に降りていく
右折すると白川通が見えてきた
白川通の向こう側には
「哲学の道」の最後の桜並木がある

かつて「哲学の道」脇に流れる「琵琶湖疏水」が
鴨川と逆の南から北へ流れていることを知って驚いた
琵琶湖から流れてくる疏水は
白川通りを潜り続いていく

白川疎水脇の桜並木は家々と隣接していて
京都人が桜をどれほど大切にしているかが分かる
京大グランドを左手に見て過ぎると
疎水の右手に「銀月アパートの桜」が
夕暮れの光の中に妖しげに花咲いていた
数十年以上もの命を永らえている枝垂桜から
その時に確かに呼びかけられてきた

琵琶湖の水を核分裂物質で汚さないで と
私の樹木の細胞を再生不能にさせないで と
白川疎水の縁しを断たないで と



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  1. 2012/06/08(金) 16:08:46|
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