薄磯の木片―3・11小さな港町の記憶

4月9日10日に父母の故郷である福島県いわき市平薄磯まで車を運転して、津波の惨状を見てきました。
その時の情景を下記の詩に記しました。


薄磯の木片―3・11小さな港町の記憶    鈴木 比佐雄

ドドドー ザザザー ドドドー ザザザー 
ドドドー ザザザー ドドドー ザザザー
波の音が近くに聞こえているのに
平薄磯(たいらうすいそ)の町へは近づけない

常磐道いわき中央をおりて
いつもと変わらない市内の中心部を走りぬけ
高い堤防の高台の平沼ノ内(たいらぬまのうち)を抜け
浜辺へ下りる道を探しているが
破壊された家々で道が塞がれている
道が消滅しているのを知らないカーナビの声は混乱して
繰り返し行き先を代えていた

「薄磯に 行きたいのですが……」
と近くに主婦に尋ねると
「この先を左に曲って 下りればいいよ
  ひどすぎて 見てられないよ」
と泣き出しそうな顔で教えてくれた

浜辺に下りて行くと
カーナビは正面に薄磯の町と
右手に薄井神社を示していた
盛り上がった砂と家の残骸で車は通れない
車を降りて脇を抜けると
夕暮れの太平洋の水平線が見えた
灰色の波が少し赤らみ次々に押し寄せていた
小高い岡の薄井神社の神殿に向う坂には
結婚式のアルバム、生活用品が打ち寄せられている
平薄磯の宿崎、南街、中街、北街が粉砕されている
半農半漁、蒲鉾工場、民宿、酒屋などの商店
港町の約二八〇世帯 約八七〇人の家々が
木片に変わり 車はくず鉄となってそこにある
民家も寺院も区別はない
残されている建物は
母や父が通った豊間中学校と豊間小学校が形だけ残り
薄磯公民館と刻まれた石碑台が転がっている
塩屋埼灯台下の人びとは木片と化してしまったか
水平線からやってきた大津波は
左手の平沼ノ内と右手の塩屋埼の岩山にぶつかり
真ん中の薄磯に数倍の力で襲い掛かったのだろう
どれ程の水のハンマーが町を叩いたのだろう
古峰神社も安波大杉神社も修徳院も消え
この平薄磯には神も仏もない光景だ
水の戦車が町を好き放題に破壊して去っていった

伯父夫婦や従兄が暮らしていたバス通りは
いったいどこなのだろうか
町の痕跡も消えてしまった
命が助かった従兄や町の人びとは
どのように裏山に逃げていったのだろうか
従兄妹たちと泳いだ
塩屋崎灯台下の薄磯海岸は
あの時と同じように荒い波を打ち寄せている
せめてもの慰めは
亡くなった父母や伯父と入院中の伯母に
破壊された故郷を見せないで済んだことか

目の前の数多の木片の下にはいまも死体が埋まっている
一片一片の木片には一人一人の命が宿っている
その木片が海へ帰り海溝の底に沈み
いつの日かふたたび数多の種を乗せて
この地につぎつぎと流れ着き
新しい命を数多の命を生み出すことを願う
とっぷりと裏山に陽が落ちて
木片の町には誰もいないが
数多の命の痕跡が息づき 
暗闇の中から叫び声や溜息や祈りの声が聞こえてくる

ドドドー ザザザー ドドドー ザザザー 
ドドドー ザザザー ドドドー ザザザー 
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  1. 2011/06/17(金) 20:18:25|
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