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詩2篇 「光の糸を刺す人 刺し子作家野木泰宏さんへ」「左手のギタリストの音色」

光の糸を刺す人 刺し子作家野木泰宏さんへ
 

地平線の朝日に照らされて
白い腹のセグロセキレイが
黒い羽を振って
黒土の畑を飛び跳ねている

晩秋の凍えていた野草たちが
黄水晶の光を浴びて
したたる露を花や葉から
ゆっくり振り落としている

林立する白いブラシのような
チカラシバの一群に
昇っていく光が降り注ぐと
白色電球の群となって輝き始める

枯れ残った最後の花ばな
コスモス ノコンギク オオマツヨイグサ
ハキダメソウ センダングサ ハナイソウ
そんな花の光の残像が野に焼き付けられる

刈り取られた黄緑色の田の畦に
ホトケノザの紅紫の花が
刺し子作家の創り出した着物ように
一隅を照らして咲いている

ことばの障害を抱えた刺し子作家は
朝の仏の座のように自然な笑みを浮かべて
白いカーテンから注がれる光の中で
藍色の布地に光の糸を刺し続けている



左手のギタリストの音色
 

ハーモニカを吹き左手でギターを弾く
ベトナム青年の歌を聴いた
彼が歌うチンコンソンの詩と曲は
ベトナム人なら誰も知っている
右手のないハンデを逆にバネにして
ギターを琴のように弾いている

一九六九年頃のベトナム戦争当時に
高石友也が歌った「坊や大きくならないで」という
哀切な歌が流行ったことがある
ベトナムの国民的なソングライターのチンコンソンの歌だ
死んだ夫の死を悼みながら
眠っている子どもには
大きくなって戦場に行かないでと
切々と語りかける歌だった
ところが実際の原詩は
「お眠り坊や」という意味の題らしく
戦死して戻ってきた子どもにもう一度
赤子のように「お眠り」をいう母の悲しみの歌だったらしい
夫の死を悼むのと、子どもの死を悼むのは異なっている
仮にそうなら母の悲しみを妻の悲しみに変えたことは
ベトナム戦争が女・子どもを巻き込んだ総力戦であることを
日本人が直視することをためらう自己規制だったろうか

『世界を動かした女性 グエン・ティ・ビン』を執筆した
平松伴子さんご夫婦と二〇一〇年一一月七日に
表参道の小さな会場でベトナムアンサンブルコンサートを聞いた
ベトナムの農村地帯の暮らしから発した歌や楽器や踊りが
ベトナム民衆の慎ましくも洗練された芸術作品となって迫ってくる
その中でも左手のギタリストのグエン・テ・ビンさんは
「死んだ坊や」の面影を残しながら
アメリカの爆撃に耐えたベトナム民衆の
決して負けることのない魂を歌い続ける
異国の日本のステージに立つ彼の周りには
チンコンソンの生まれたフエの海辺の風が吹き
藍染の衣を着た農村地帯の稲穂がゆれて
今も枯葉剤を被曝した数百万人の心を癒している
チンコンソンの魂が乗り移っているかのようだ

秋の一日
アメリカ人を敗北させたのはどんな強靭な民衆であったかを思い
ベ平連など反戦運動があったけれども
日本人はなぜ空爆・原爆の悲劇を知りながら
爆撃基地を提供し続けたのかと恥じ入ってしまう
そしてなぜ水辺の故郷の生態系を破壊するだろう
事故を隠しデータを偽造された安全神話の原発を
日本政府と原発メーカーはベトナムに輸出するのか
日本人はベトナム人の真の友人になれるだろうか
胸をかきむしられる思いで聴いていた

秋のアンサンブルコンサートが終わり
会場玄関に並んだグエン・テ・ビンさんと左手で握手した
穏やかな表情をした彼の左手の握り返す力には
ベトナムの未来の音色が流れてきた
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テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2011/01/26(水) 12:47:12|
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