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コールサック88号

編集後記           鈴木 比佐雄

 今年の八月下旬から九月下旬頃まで残暑というか真夏が終わらないで秋が訪れない季節だった。さぞかし彼岸花も秋桜などの秋の花々も戸惑っただろう。初夏から夏に発行した三冊の詩選集『海の詩集』は「週刊朝日」や朝日新聞電子版など、『非戦を貫く三〇〇人詩集』は「東京新聞」や複数の地方紙などに掲載された。そして『少年少女に希望を届ける詩集』は朝日新聞夕刊や地方では翌日の朝刊に紹介され、また九月三日「おはよう日本 NHKニュース関東甲信越」で四分間にわたり紹介された。その紹介ニュースは十月四日夜の六時台に関東エリアで再放送された。これらの詩選集の熱気も収まることなく継続的に今も紹介され求められている。詩人たちは世界の苦悩を抱えた共通の問題を直視して様々な観点から詩作をしている。そのような詩を集めた詩選集は、日頃は詩を読まない人びとにも詩を届けることが出来る。おかげさまで『少年少女に希望を届ける詩集』三版目を刊行することになった。学校現場でこの詩集が少しずつ活用されてきていることも伝わってきている。この三冊の趣旨に賛同してご参加下さった皆様にはこの場を借りて、心よりお礼を申し上げたい。皆様の詩篇は詩人たちの外に旅立って、多くの大人や青年や少年少女たちを励ましていると感じている。
 十月二十九日は『海の詩集』『少年少女に希望を届ける詩集』『非戦を貫く三〇〇人詩集』の合同出版記念会を赤羽で開催した。九州から門田照子さん、北海道から若宮明彦さん、福島から二階堂晃子さんなど全国から多くの詩人たちが参加してくれて、三冊の意義を語り合うことが出来た。
 今年から福島県と福島民報社が行っている「福島県文学賞」の詩部門の審査委員となった。今年で69回目であり、初めの頃は草野心平さんが、その後は若松丈太郎さんや長田弘さんなどが務めていた歴史ある福島の文学者たちを育ててきた賞だ。小説、エッセイ・ノンフィクション、詩、俳句、短歌の五つの部門に分かれている。公募された詩や詩集での参加者は今回は四十五名ほどで、その名から正賞、準賞、奨励賞、青少年奨励賞の該当作品を選び出すことになる。詩部門の審査員は福島の詩人の齋藤貢さんと長久保鐘多さんと私の三人で、受賞候補の詩篇の選考理由を記した批評文を事前に事務局に提出しておき、審査会当日に臨むことになっている。十月上旬にあったこの審査会には、福島県知事や福島民報社社長も顔を出して各ジャンルの審査員たちに感謝の言葉を述べていたほど、福島県民の文学精神を育んできた大切な文化活動であることが理解できた。詩部門の審査結果を私が代表として記した選評は十月下旬に受賞者たちの言葉と共に大きく福島民報に掲載された。東電福島第一原発事故で計り知れない損害と命を削る苛酷な経験を負わされた地域の県民であるけれども、それに打ち負かされない精神性を私はこの文学賞の公募作品全体に感じることが出来た。正賞は三人が一致して推した安部一美詩集『夕暮れ時になると』(コールサック社)となった。この詩集について「故郷、家族、日常を見詰めて生きる意味を問い、他者の存在の魅力や歴史的な意味も踏まえて全体的な視野を持ち、この世界の深みを重層的に表現している。安部さんの詩的文体には真の優しさや人間賛歌が込められている。」と論じた。また青少年奨励賞を受賞した矢吹花野さんの連作詩「六色の虹と一面のあお」では〈震災体験を通して亡くなった「あなたの言葉」を決して「忘れるもんか」と心に刻んで自己の内的なリズムにしている〉と記し、十六歳の高校生で砲丸投げの選手でもある矢野さんが大切な死者と対話する詩的想像力で詩作を小学四年生から開始してきたことに驚かされた。震災・原発事故は少女の心に詩の種を植え付けてしまった。きっと矢野さんのような福島の少年少女がこれから新しい文学を生み出してくれる可能性を強く感じた。
 九月二十四日から二十七日の三日間、中国の青島市と中国の詩人の林莽さんや高建剛さんたちから、日中韓同人誌「モンスーン」の私と苗村吉昭さんと中村純さんは招待された。その青島での詩の研究会で発表した内容や中国の詩人たちの発言や初めて交流したことを「中国の詩人達の素顔に触れて」として私のエッセイや詩七篇を含めて特集にした。また冒頭のカラーの「詩人のギャラリー」では林莽さんの絵画や高建剛さんの版画とエッセイや詩を中国編として掲載させて頂いた。本文の特集では林莽さんや李占剛さんの詩も孫逢明さんや佐々木久春さんや平松辰雄さんなどの翻訳者のおかげで掲載することが出来た。また写真も中国の詩人たちのものを使用させて頂いた。ご支援に心より感謝致します。
 この秋には「COAL SACK銀河短歌叢書」シリーズを刊行することとした。一昨年歌集『レトロポリス』を刊行した原詩夏至さんの第二歌集『ワルキューレ』がシリーズのトップを飾ってくれた。原さんの最新作四〇〇首が収録されている。私も解説文を書かせて頂いた。私は宮沢賢治が石川啄木に憧れて短歌から出発したこともあり短歌を読むことも好きで、短歌のリズムが日本の詩の源流だと感じていて、そのリズムは日本語の宿命的なDNAだと考えている。短歌から生まれた俳句も含めて伝統的な定型詩であり一行詩の魅力は、その作品だけを切り離すのではなく、それらが数百首、数百句をまとめて読むことで、その作家がこの世界と関わる精神世界が立ち上がってくる思いがする。そんな歌人・俳人論を機会があれば書いていきたいと願っている。「銀河短歌叢書」シリーズの二番目は福田淑子歌集『ショパンの孤独』が印刷に回っており十一月下旬に刊行し、三番目の森水晶歌集『羽』も十二月上旬に続いて刊行予定だ。
 編集者の佐相憲一さんと相談して来年は『日本国憲法の理念を語り継ぐ詩集』を来年の憲法記念日七十周年の五月三日の奥付で四月上旬に刊行することを目標にして、公募を開始することにする。公募人数は二〇〇名で締め切りは三月十日必着とさせて頂きたい。今号に掲載し別紙で同封した公募趣意書にこの憲法は「明治初期の自由民権運動が生み出した五日市憲法草案などの多くの私擬憲法やカントの「永遠平和」などが、日本国憲法の源流となっている。そんな平和憲法の理念をしなやかな言葉と豊かな想像力で、ぜひ詩に書いて頂きたいと願っている。」と記した。ぜひご参加を頂ければ幸いです。
 今号に多くの作品や批評文やエッセイなどをご寄稿下さり感謝致します。次号も宜しくお願い致します。寒波が到来しますので、どうかお身体をご自愛下さい。
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  1. 2016/11/30(水) 17:30:21|
  2. 編集後記
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詩誌コールサック84号

編集後記      鈴木 比佐雄

 今年の八月でコールサック社は出版社にして十周年を迎えたため新しい出版案内を製作し、その冒頭に次のような理念の言葉を記した。
〈コールサック社は、/宮沢賢治の「ほんとうの幸せ」を実践するための/「宇宙意志」を胸に秘める文芸・評論・芸術書の出版社です。//コールサックとは『銀河鉄道の夜』九章に記された「石炭袋」であり/暗黒星雲、異次元の入口、愛する人の住む幸せの入口の意味です。/ほんとうは誰もが豊かな詩的精神を持つ詩人であり、/この世に生まれた奇跡を感じ取りその美を生み出せる芸術家です。//そんな宮沢賢治のような、他者の痛みを感受し/生きとし生ける物すべての幸せを願う人たち、/歴史を踏まえ現実を直視する証言者でありながら、/次の時代を創るために有限な自己を踏み越えてしまう人たち、//内面の奥深くを辿り新たな「石炭袋」を想像してしまう、/詩人、俳人、歌人、批評家などの冒険者たちを/コールサック社は世界に発信し後世に語り継いでいきたい。〉
 季刊文芸誌となった「コールサック」(石炭袋)を土壌としてこのような理念を現実化していきたいと願っている。
 岩手の北上川の豊かな水量をまじかで見る度に、私は宮沢賢治の豊かな詩的精神を感受させられる。その清らかな流れは私自身が東北人でありその縁によって生かされることを自覚させてくれる。今年の秋は二度ほど岩手の花巻や盛岡などに行く機会があった。一度目は今年度の第25回宮沢賢治賞を吉見正信さんがコールサック社の刊行した著作集第一巻『宮澤賢治の原風景を辿る』・第二巻『宮澤賢治の心といそしみ』の二冊によって受賞したからだ。賢治の命日である九月二十一日には毎年賢治祭が羅須地人協会跡で開催される。私は二〇〇八年に『原爆詩一八一人集』(日本語版と英語版)が「イーハトーブ賞奨励賞」を受賞した時に初めて参加した。豊沢川を渡り当日の松林の小径には色とりどりの幻想的な蝋燭立てが足元に置かれ、それに導かれる羅須地人協会跡地は、賢治研究家や賢治ファンの聖地である。花巻の小中学・高校生や地元の人びとが詩碑「雨ニモマケズ」前でその詩などを朗読したり、作詞作曲した曲を歌ったり、童話を演じたりして、いかに賢治作品が今も愛され続けているかを再認識させてくれる。もう何回もこの賢治祭には参加しているが、見る度に眼下に広がる黄色い稲田や北上川や岩手山などの光景も含めて賢治の精神を身近に感じる。賢治の魂はこの松林を渡る風に乗って今も生々しく息づいている。二度目は岩手の詩人、俳人、批評家などと北上川のせせらぎの近くで著者の思いを聞き原稿の打ち合わせをした。北上川の水辺にいると何か豊かに満ちてくるものに促される。
 その前々日の九月十九日には、安保法案の参議院の審議打ち切りの採決があった。私は「子規の死す九月十九日未明国会死す」という句を記した。国家や財界が戦後目指してきた平和国家の理念を捨てて、ハイテク技術や精密加工技術を兵器に転用していくハードルを大した議論を経ずに楽々と越えてしまった。軍事に依存する経済になれば必ず米国のようなたえず戦争に加担していく状況が近未来に出現するだろう。恐ろしいのはそのことを確信犯的に政治家や財界人が本音を隠しながら既成事実化していき、いつのまにか私たちが加担させられていくことだ。
 十一月七日には『平和をとわに心に刻む三〇五人詩集』と詩文集『生存権はどうなった』の合同出版記念会を高円寺で開催した。全国から五〇名近い人たちが駆けつけてくれた。二〇一五年にこの二冊のアンソロジーを刊行できたことは、参加してくれた共同著者に心より感謝したい。平和と人権を直視しその意味を具体的で多様な感受性から書かれていて、この時代の背景が記されていて二〇一五年を象徴する書籍になったと私は考えている。その出版記念会で来年の詩選集である『非戦を貫く三〇〇人詩集』、『少年少女に希望を届ける二〇〇人詩集』、『海の詩集(約五十名・非公募)』の三冊の企画が発表された。その中の『非戦を貫く三〇〇人詩集』は「憎しみの連鎖を断ち、平和を創るために」というサブタイトルが付き、その呼び掛け文の基になった評論〈日本の詩人たちにとって「非戦」とは何であり続けるか〉を本号に記した。その中で日露戦争直前の小説『大菩薩峠』を書いた中里介山の詩「乱調激韵」は本格的な〈非戦詩〉であったと考えられて、その詩から〈非戦詩〉の系譜を論じた。この詩選集には詩人だけでなく他の分野の表現者たちやこれから集団的自衛権の名のもとに戦争に加担させられるだろう若者たちにもぜひ参加してもらいたい。志願した学生以外にも学徒増員で風船爆弾やその他の多くの兵器製造に携わった学生たちは、生涯にわたり心を痛め苦しみ続けてきただろう。そのように現代の最新兵器製造に関わる労働現場に巻き込まれる私たちもまた自己の平和思想を決定的に試されることになるだろう。マスコミ・出版界でもナショナリズムを煽り、韓国や中国を貶めて刊行部数を売ろうとする行為は、戦争に加担する導火線になっている。そのような編集の責任者・発行者たちは限りなく罪深いと私は考える。
 また元中学校教師で詩人の曽我貢誠さんが提案し編集にも参加してもらう『少年少女に希望を届ける二〇〇人詩集』は、大人世界の縮図のような学校現場の子どもたちや教師に希望を届けたいという熱い情熱から始まった。詩人には教育関係者の方が多いので、ぜひ多様な観点から教育現場に愛され活用される詩篇を書いて頂きたい。この二つの詩選集の公募趣意書も今号に掲載しています。ぜひご参加下さい。
 今号にも多くの詩篇が寄稿された。その中の心に残る詩行はたくさんあるがほんの少しだけ紹介したい。「戦争のできる国にゴリ押しでやった 人/この輝く月の光で 倒れろ/私は 白い花びらを何枚も集めてピカピカに磨いて/あなたを倒す」(「満月 一」秋野かよ子)。〈「百万本のバラ」の 一本が/私の心の奥にまで/深く届いたように/法案反対の十二万人もの声は/為政者たちの耳に 心に/届いたのだろうか〉(「『百万本のバラ』を聴いた夜」たけうちようこ)。〈あなたは あなたは本当に/その人を愛しているのですか?/私は殺人鬼と思われても/「頑張って生きろ!」とは言えないかもしれません〉(「最期」井上摩耶)。「空の高いところで/銀の鈴が鳴っているのは/見守られているという/心のぬくもりを まだ/忘れずにいるからだろうか」(「閉じられた窓」淺山泰美)。
 私にとってこのような詩篇を書き続ける詩人たちは希望であり、そのような詩を発表する場所である「コールサック」(石炭袋)をこれからも刺激的な場所にしていきたい。

  1. 2015/12/02(水) 18:26:45|
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コールサック80号掲載 編集後記

編集後記           鈴木 比佐雄


 一九八七年の十二月に「コールサック」(石炭袋)創刊してから二十七年が経ち、八十号を迎えた。いつも宮沢賢治の詩的精神を「石炭袋」に入れて、さらに新しい編集企画や同時代の新しい賢治のような他者の幸せを願う独創的な冒険者たちを忍び込ませ、そのことを楽しみながら、淡々と刊行することを心がけてきた。八十号(二〇一四年十二月冬号)より年に四回の季刊になるが、今後もそのような思いを継続して佐相憲一さんや他のスタッフとともに淡々と刊行していきたい。
 今号より表紙デザインも一新した。賢治の銀河鉄道とコールサック社の石炭袋のイメージを表現してみた。カラーの一頁目には「詩人のギャラリー」の詩とエッセイから始まり、毎号写真・絵画・彫刻などの表現活動をしている方に誌面を提供したいと考えている。また時評、詩集評、詩誌評なども依頼原稿して連載をしていきたいと考えている。これから年四回の詩集評は若宮明彦さん、詩誌評は山口修さんにお願いをした。全国の詩人たちの多様な試みを紹介して頂ければと願っている。
 コールサック社の本社は現住所の五〇九号室だったが十二月からは編集室の二〇九号室を本社することにする。五〇九号室は当初は本社であったが二〇九号室を借りた六年前から倉庫として使用していた。今年の秋ぐらいから五〇九号も手狭になったために倉庫と発送機能を兼ねる外部の倉庫業者に委託することにした。その移転作業も十一月で完了した。在庫書籍の管理がコンピュータ上で管理出来て、発送も午後三時までにご連絡頂ければ当日の発送が可能です。出版社において倉庫と在庫管理や発送業務は悩みの種だったが、これでほぼ解決できたと思われる。今後は優れた本を作る事だけにエネルギーを注げるだろう。コールサック社への郵便・メール便は二〇九号室へお送り頂ければ幸いです。
 本社になる二〇九号室の本棚のスペースには賢治コーナーがあり、賢治のミニチュア銅像を中心にどんぐりの置物、素焼きの山猫、栃の実を配置して賢治の世界を作っている。時々全国の詩人から送られてくる果物や木の実などもその場所に置いて観賞し楽しんでいる。賢治の石炭袋は白鳥座の近くにだけあるのではなく、身近な本棚にもあると思うからだ。
 九月二十日の日本現代詩人会国際交流ゼミナールは「21世紀のアジアにおける日韓詩人の役割」をテーマに早稲田奉仕園で開催した。私は国際交流担当でこのゼミナールを一年前から企画し、韓国から高炯烈氏と権宅明さんの二人を招待し講演とシンポジウムに参加してもらった。一九日の午後に羽田空港に二人出迎え、高田馬場のホテルに案内し翌日の打ち合わせをし、二十日は講演・シンポジウム・交流会・二次会を行い、二十一日は浅草見物をした後に、夜に羽田空港で二人を見送った。とても密度の濃い二泊三日だったがいつも傍にいたこともあり、見送りの際は二人とは別れ難く、高さんとは十五年もの付き合いがあるので、何か特別に胸に迫るものがあった。国際交流とは他国の一人ひとりのいかに深い関係を持続的に交流できるかだということを再認識させてもらった。高さんの講演原稿の韓国語と日本語訳を収録し、またシンポジウムや朗読に参加した詩人たちの詩篇などを入れた96頁の冊子も刊行した。もし希望者があれば日本現代詩人会の北畑光男理事長に連絡すれば頒価三百円と送料でお分けすることは可能です。今回のゼミでは日本詩人クラブも後援をしてくれ、詩人クラブの細野豊会長をはじめ多くの会員が参加してくれた。二つの代表的な詩人団体が力を合わせて全国の詩人たちのために研究会などを行うことに私も支援していきたいと考えている。
 連載してきた高炯烈さんの詩集『ガラス体を貫通する』も九月二十日に合わせて刊行された。『長詩 リトルボーイ』・『アジア詩行』につぐ、三冊目の日本語詩集だ。権宅明さんと佐川亜紀さんが高さんの芸術性の高い韓国語を磨き上げた日本語に仕上げてくれた。現役の韓国詩人の最高峰の詩集をぜひ読んでもらいたいと願っている。
 夏から秋に刊行した詩選集『水・空気・食物300人詩集』・『現代の風刺25人詩集』・『SNSの詩の風41』・『生きぬくための詩68人集―死を越えて生を促すために』などは、様々なところで反響を呼んでいる。『生きぬくための詩68人集』は全国紙から四名の参加詩人が取材を受けたので、間もなく紹介されるだろう。私の友人だった亡くなった永塚幸司の詩も七篇ほど収録した。ご遺族の奥様や二人の兄上も収録を喜んで下さった。永塚さんの息子さんも二十歳になりこの詩集を読んでくれているという。
 清水茂さんの詩論集『詩と呼ばれる希望 ―ルヴェルディ、ボヌフォワ等をめぐって』が刊行された。元日本詩人クラブ会長の清水茂さんの講演を二度ほど拝聴し、その存在論的で思索的な内容に驚き、清水茂さんに詩論や講演録をまとめさせてほしいとお願いをしていたことが実現した。その際に学生時代に私の卒論指導の矢内原伊作先生と清水さんが親しい間柄だったことが分かりさらに驚かされた。そのことも含めて清水さんの世界的な視野を持つ詩と思索の一致した詩論をじっくり拝読し解説文も書かせて頂いた。
 今号で『平和をとわに心に刻む三〇〇人詩集―十五年戦争終結から戦後七十年』の公募を開始した。詳しいことは今号の私の評論「浜田知章・鳴海英吉・木島始・宗左近の呼び声」と公募趣意書をお読み頂ければと思います。カントの恒久平和思想と元ドイツ大統領ヴァイツゼッカーの戦争責任を「心に刻む」を念頭に置き、戦後七十年の今こそ戦争の悲劇や戦争責任を自らの内面に問いかけて、多くの詩人と共に考えて、未来を創っていきたいと願っているからだ。ぜひご参加下さい。
 九州電力川内原発の再稼働を政府や鹿児島県知事や県議会などが同意し、強引に再稼働を推し進めている。地元で桜の遺伝子が放射能の影響をどのように受けているかなどの調査をしている詩人の小村忍さんに電話したところ、今の政権の強引さに民主主義の根本的な危機を感じておられた。東京電力福島原発事故の経験が全く生かされずに九州を取り返しのつかない破壊に向かわせるようだ。九州電力や政府や鹿児島県議会が、原発事故の責任を決して負うことはできないことは自明なことだ。南相馬市の若松丈太郎さんや鹿児島県出水市の小村忍さんのような故郷を喪失する危機感や警告を無視し続けると、また福島の悲劇に匹敵する想像を超えた原発事故が起こるかも知れない。
 今号も多くの詩篇とエッセイ・評論・書評・小説・翻訳などをご寄稿下さり感謝致します。来年の八十一号も宜しくお願い致します。

  1. 2014/12/01(月) 14:08:57|
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「コールサック78号」編集後記

「コールサック78号」編集後記          鈴木 比佐雄

 東日本大震災・東電福島第一原発事故から四年目を迎えて、日本社会が本当に原発事故の抱えている本質的な問題を直視しているのか、疑問に思えてきて暗澹たる気持ちになってくる。原発事故当時は、原発にほとんど無関心であった人も、福島に依存していたことを反省して脱原発に傾いたが、東京都知事選でも明らかのように福島を忘れたがっている人びとも多くなっている。私の父母の田舎は福島県の浜通りのいわき市薄磯・豊間で、子どものころ夏休みになるといつも海辺の小さな町に遊びに行き長期滞在していた。一九七〇年の夏に行った際に伯父夫婦が、来年には原発が稼働することを恐々と話していることを今もよく想起する。高校生の私が原発や原爆に関する新聞記事を切り抜くことになったのは、福島第一原発の稼働によるものだった。特に一九九九年に東海村でのウラン燃料の臨界事故には衝撃を受けたが、その前から原発は小さな事故を繰り返していたし、当初の三十年の廃炉が四十年~六十年にも延長されようとし、原子炉の老朽化の真実が伝えられていないことがとても心配になった。私にできることは詩「一九九九年九月三十日午前十時三十五分」、「二十世紀のみどりご」、「シュラウドからの手紙」などの詩篇を書くことだった。二十四時間営業のコンビニの光を見る度に、「ああ、ここは 光の墓場だったか」と感じ、福島の人びとに原発の恐怖感や危険性を押し付けていることへの贖罪感のようなものを抱いていた。いつか必ず到来する破滅的な痛みのような思いが私の福島へ関わる原点になった。その後に『脱原発・自然エネルギー218人詩集』などを企画・編集することになったのもその思いに促されたからだ。福島に関わる視点をもう一度自らに問い直し、地域環境・コミュニティの問題、文化・文明・民主主義の根幹に関わる問題、自己のライフスタイルの切実な問題として一人一人に問われているのだろう。
 三年前の二〇一一年三月三月末頃にようやく福島市に避難していた南相馬市の若松丈太郎さんと連絡が取れて『福島原発難民 南相馬市・一詩人の警告 1971年~2011年』の編集・製作を開始した。おかげさまで今年の三月十一日の奥付で二版目を刊行することができた。この評論集の初版三〇〇〇冊が三年間かけて完売したのは、画期的なことだ。一般の読者が若松さんの一九七一年から四十年間も警告してきた原発の危険性に寄せる論考や詩篇に本物の価値を見出してくれた。若松さんの現実を徹底して直視しながら、民主主義の根幹を問い続ける粘り強く、飾らない誠実な文体の魅力に心ある人びとが少しずつ気づいてくれたからだろう。二版目が出た後も愛知県の高校のゼミのテキストに使用するので、二十冊ほど購入があった。このように原発事故の本質、歴史的な視点、今後どのような教訓としていったらいいかを論ずる際に、高校生にも読ませたい最適なテキストだと考えているようだ。また福島県はもちろんだが全国の支援者たちもこの本をテキストに使用して広めてくれている。二〇一二年十二月に刊行した『福島核災棄民―町がメトロダウンしてしまった』、そして今年の三月十一日には『若松丈太郎詩選集一三〇篇』を刊行した。若松さんの第一詩集『夜の森』から最新作まで収録されていて、若松さんを知るにはこの詩集を読まれることをお勧めしたい。本号に詩選集の私の解説文も再録したのでお読み頂ければ幸いです。  
 今年になって若松さんの二冊の他に、福島の詩人・評論家の本の発行が続いた。浪江町の詩人で相馬市に避難している根本昌幸さんの詩集『荒野に立ちて―わが浪江町』、いわき市勿来で多くの悲劇を目撃した青天目起江さんの『緑の涅槃図』、南相馬市出身で今は仙台市に暮らす堀内利美さんの図形詩集『人生の花 咲き匂う』、いわき市江名の評論家である新藤謙さんの評論集『人間愛に生きた人びと ―横山正松・渡辺一夫・吉野源三郎・丸山眞男・野間宏・若松丈太郎・石垣りん・茨木のり子』、会津の農民詩人の前田新さんの評論集『土着と四次元 ―宮沢賢治・真壁仁・三谷晃一・若松丈太郎・大塚史朗』などは、震災・原発事故を経験した福島の詩人・評論たちの現場からの感受性と思想性が蓄積され重層化された詩集と評論集だ。浪江町に帰還することを願う根本さんの詩集は涙なくして読めない。柱を喰って死んでいった牛たちへの思いも痛切だ。震災後に最愛の妻を亡くした堀内さんは、ライフワークの英語図形詩を豊かに創造し、最後に妻への鎮魂歌を賢治のように詠いあげている。三十代の詩人の青天目さんは流された多くの人びとが眠る故郷の山河を涅槃のように感じて生きている。新藤さんは戦争中に中国大陸で人体実験などを拒否し最前線にやられた医師横山正松の生涯を記した評論を冒頭に掲げた。国家・軍部の命令を拒否し人間愛を貫き生きた思想家を論じている。横山正松は戦後、福島大学で教鞭をとり原発に対しても人類的な観点で反対を主張していた。前田新さんは宮沢賢治を原点として東北・北関東の農民詩人の土着の系譜を書き記した。中でも賢治の「四次元」を実践的な観点で自らの生き方の指針としてきた論考はとても説得力がある。
 また昨年は福島県須賀川市の俳人永瀬十悟さんの句集『橋朧―ふくしま記』や宮崎直樹さんの俳論集『名句と遊ぶ―俳句バイキング』などを刊行して、二冊とも書店で少しずつ読者を得ている。二人とも私とほぼ同じ年齢で俳句を愛する純粋な思いが創作や評論から感じられて読者との垣根を越えていくのだろう。今年になっても長澤瑞子句集『初鏡』、原詩夏至歌集『レトロポリス』を刊行した。長澤瑞子句集は、息子の弘明さんと一緒に九十歳を越えた母の句を編集した。この句集は幾つかの新聞や俳句誌にも紹介されている。年を経てからしか気付くことができない深い感情や物の見方が宿っている。原詩夏至さんは詩・俳句・短歌・小説を書いている表現者だ。どの表現もその分野の特長を生かした高度なレベルで四つの境界を楽々と越えていくことはとても興味深い。
 それから戦後詩の口火を切った福岡県の詩誌「鵬」(「FOU」)の創刊同人だった吉木幸子さんの遺稿詩集『わが大正の忘れな草/旅素描』を刊行した。吉木幸子さんの解説を書きながら戦前・戦中・戦後の独自のモダニズム詩を追求した詩人とその周辺の詩人たちの足跡を辿ることができた。
 現在『水・空気・食物詩集350篇』を追加公募中だ。詩人が生きている地域の「水・空気・食物」を描いた詩篇でぜひご参加下さい。
 また七十六号より三号分の七十八号までの年間購読者になって頂きましたが、七十九号からもまた継続して年間購読者になって頂ければ幸いです。別便でご案内させて頂きますので、宜しくお願致します。今号にも多くの詩やエッセイ・評論や書評などをご寄稿下さり感謝致します。次号の締め切りは六月末日となります。


  1. 2014/05/02(金) 16:40:25|
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