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「泥の亡骸」から「泥天使」へ

「泥の亡骸」から「泥天使」へ
鈴木比佐雄

コールサック社メールマガジン2021年1月14日号

3・11から10年目を迎える年が明けた。
東日本大震災・東電福島第一原発事故とは、何をもたら
し今も何を問い続けているか。
そのような問いを十年の間、問い続けている俳人の照井
翠氏がコールサック社から新句集『泥天使』を3・11
の2か月前の1月11日の奥付で刊行した。同時に絶版
となっていた句集『龍宮』を文庫新装版『龍宮』として
復刊させて頂いた。
文庫新装版『龍宮』の巻末には、2013年の刊行後に
作家の池澤夏樹氏と玄侑宗久氏が照井氏の句を深く読み
取ってくれた文章を収録することができた。『龍宮』
は「第68回現代俳句協会賞特別賞」を受賞した優れた句
集であると同時に、大震災を切実に体験したものだけが
伝えられる歴史的な民衆の記録としても貴重だ。
『龍宮』223句は6章「泥の花、冥宮、流離、雪錆、
深夜の雛、月虹」に分かれるが、その「泥の花」75句
から12句ほど引用してみる。

 喪へばうしなふほどに降る雪よ
 家どれも一艘の舟津波引く
 泥の底繭のごとくに嬰(やや)と母
 御くるみのレースを剥げば泥の花
 涙にて泥ほとびゐる子の亡骸
 春の星こんなに人が死んだのか
 なぜ生きるこれだけ神に叱られて
 冥土にて咲け泥中のしら梅よ
 朧夜の泥の封ぜし黒ピアノ
 梅の香や遺骨無ければ掬ふ泥
 泥掻くや瓦礫を己が光とし
 卒業す泉下にはいと返事して



巨大津波とは、圧倒的な泥が押し寄せて全てを破壊して
そのまま連れ去られて、それでも運が良ければ泥の底で
繭のごとく泥に包まれて、目の周りの泥が涙でふやけた
ようになった亡骸として発見されることなのだろうか。
圧倒的な泥によって蹂躙された世界のただ中で、照井氏は
「なぜ生きるこれだけ神に叱られて」と絶望的な思いを
書き記した。けれども句の中でその泥を逆手にとって、
「泥中のしら梅」を夢想したり、「掬ふ泥」の中に「梅
の香」を感じてしまうことも記している。その泥だらけ
の瓦礫の中に「己が光とし」て立ち上がる日を透視して
いったのだろう。タイトルの『龍宮』は2章の「冥宮」
の中の句「いま母は龍宮城の白芙蓉」から引用したのだ
ろう。照井氏は「龍宮」に「泥の底の泉下」を重ねて死
者たちの救いを求めたのだろうか。

新句集『泥天使』四〇八句は、八章「泥天使、龍の髭、
雪沙漠、巴里祭、群青列車、縄文ヴィーナス、蝉氷、滅
びの春」に分かれている。冒頭の「泥天使」三四句から
八句ほど引用してみる。

 三月や何処へも引かぬ黄泉の泥
 三・一一死者に添ひ伏す泥天使
 春泥の波打ちて嬰(やや)産みにけり
 春の泥しづかにまなこ見開かる
 イエスだけ生返りたり春の闇
 ふきのたう賽(さい)の河原の泥童(わらは)
 佇めば誰もが墓標春の海
 泥のうへ花曼荼羅(まんだら)となりにけり



照井氏にとって『龍宮』で記した「泥」は十年を経ても
洗われ消え去ることはなく、「涙にて泥ほとびゐる子の
亡骸」は、いつの間にか「泥天使」として現れて来て、
「賽の河原の泥童」に寄り添う存在として心の底に住み着い
てしまっているかのようだ。あまたの泥に蹂躙され誰か
らも見送られることなく亡くなった人びとに対して、「泥天
使」という存在が寄り添っていたに違いないという想い
が、この「泥天使」という決して見ることは出来ないが、
確かに存在し続ける存在の言葉を生み出した。東北の春
の海に、引き込まれていった無数の人びとの墓標を幻視
している。
その後の章でも「泥」の痕跡は新たな物語を展開して
「泥」の交響曲を奏でている。

 泥染みの形見の浴衣風が着る  (3章「雪沙漠」)
 まづ雪が弾く再生の泥ピアノ  (3章「雪沙漠」)
 螢の磧(かはら)に骨を捜しをり (5章「群青列車」)
 帰り花こんどはこたに苦しまぬ (5章「群青列車」)
 泥匂ふ天使の翼三月来     (7章「蝉氷」)


死者の形見の泥に染みた浴衣が風をはらみ、泥ピアノは
雪が音色を奏でて、残された人びとは蛍の光で遺骨を探
し続ける。すると宮沢賢治の妹トシが甦って「こんどは
こたに苦しまぬ」と呟いて、「泥天使」となって東北の
三月の空に羽ばたいていくのだろう。そんな様々なイメ
ージを豊かに感じさせ、3・11の悲劇の十年を振り返
り、その現場から今後を踏み出したために多くの示唆を
与えてくれる魅力的な句集である。そのような文庫新装版
『龍宮』、エッセイ集『釜石の風』、『泥天使』の三冊
は大震災を語り継ぐ証言として読み継がれていくだろう。

昨年の12月中旬から1月中旬にはその他に望月孝一歌
集『風祭(かざまつり)』と今井正和歌論集『猛獣を宿
す歌人達』が刊行された。望月氏はこの二十五年間の短
歌から日本人の山河や歴史を刻む街並みの原風景の中に、
淡々と生きることの意味を辿っている。今井氏は沖縄の
歌誌「くれない」で五年間連載した短歌時評をまとめ、
沖縄からの眼差しで全国の歌人たちの作品を真摯に読み
取って、創作と批評の関係を問うている。
詩、俳句、短歌の短詩系文学の底力を今年も紹介してい
きたいと願っている。
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  1. 2021/01/14(木) 17:00:06|
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コールサック社メールマガジン 2020年12月11日配信

月命日に骨を探す人たち  鈴木比佐雄

「コールサック」(石炭袋)104号を12月1日に刊
行した。
今号には長崎原爆などの戦争の悲劇を書き記した詩集
『神の涙』や『戦争と平和の岐路で』の作者デイヴ
ィッド・クリーガー氏の「Summer Haiku」65句が原文
と水崎野里子氏の翻訳と共に収録されている。

Nagasaki-
may you be the last victim
of atomic attack

長崎よ 汝最後の 犠牲者であれ

クリーガー氏ほど、被爆者に寄り添い、その思いを詩作
に込めてきたアメリカ詩人はいないだろう。詩の他に近
年は俳句も詠んでいて、これからも「コールサック」に
その作品を掲載していきたいと考えている。
 
その104号をカリフォルニアのクリーガー氏に送る際
に、手紙とメールで下記の3行詩の英語俳句を送った。
私は海外の詩人や文学者の方たちとメールをする際に、
時々俳句的な3行詩を送ってから本題に入ることにして
いる。英語などの世界で50ヵ国語以上で詠まれている俳
句は、日本語の575に因んで3行詩が多いが、切字を
強調する俳句では2行詩の方が研ぎ澄まされる作品にな
る場合もあるようだ。今回は先週末に宮城県や福島県の
俳人たちとマイクロバスで、川俣町、飯館村、南相馬市、
浪江町を通り双葉町・大熊町をまたがる東電福島第―原
発の1・5キロ近くまで行ったこともあり、その間の原
発から6キロほどの浪江町の海岸から数百mの請戸小学
校や大平山霊園近くで感じたことを記した。クリーガー
氏に浜通りの人びとの思いが少しでも伝わればと願って
いる。

Month anniversary of death
The person who looks for a bone
Fukushima beach street  Hisao

 月命日 骨を探す人 福島浜通り  比佐雄

ところで11月上旬から12月上旬まで下記の6冊の書
籍・文芸誌を刊行した。

・文芸誌「コールサック」(石炭袋)104号
・「村上昭夫著作集 下 未発表詩95篇・『動物哀歌』初
 版本・英訳詩37篇」
・黒田杏子第一句集『木の椅子 増補新装版』
・谷光順晏歌集『あぢさゐは海』
・小林功詩集『月山の風』
・坂本麦彦詩集『漏れどき』


104号では「村上昭夫著作集 下」刊行記念としてその
中の4名の解説文を再録している。私も解説文を書いてい
るので、その冒頭の部分を引用する。

《連作詩「サナトリウム」の「ほんとの悲しみ」と「自
然の交響曲」 鈴木比佐雄

村上昭夫詩集『動物哀歌』は、一九五〇年、二十三歳の
時に岩手医科大学付属岩手サナトリウムに入所した。そ
の翌年に入院してきて詩作を勧めた詩人の高橋昭八郎が、
村上昭夫の詩作の総決算として『動物哀歌』を編集した
と、詩友の大坪孝二が後記で記している。村上昭夫は結
核によって余命が長くないことを知り、一九六七年に大
坪孝二と宮静江の強い勧めもあり詩集刊行を決断し、詩
友たちに原稿を手渡し編集・出版を任せたと言われてい
る。詩集には一九五篇が二行空きで続けられて村上昭夫
の全詩集的な意味合いがあった。/二〇一八年に刊行さ
れた『村上昭夫著作集 上 小説・俳句・エッセイ他』
に続いて、今回『村上昭夫著作集 下 未発表詩95篇・
『動物哀歌』初版本・英訳詩37篇』が刊行された。村上
昭夫は多くの詩作ノート、原稿用紙の草稿、そして清書
された原稿用紙の未発表詩九十五篇を残している。実は
最近になってこの九十五篇には三枚の目次メモがあるこ
とが分かり『動物哀歌』割愛分目次(リスト)とたぶん
高橋昭八郎の筆跡で、4章二十一篇、5章七十四篇の作品名
が記されていた。村上昭夫から任された高橋昭八郎、大
坪孝二、宮静江らが話し合い、九十五篇は割愛されたと
推測できる。四人が生存しないので、その間の事情は謎
として残った。原稿を清書し手渡した段階では村上昭夫
はこれらの詩篇を掲載したかっただろうと考えて、今回
の「著作集 下」では、私を含めた編集者たちは、初版
の『動物哀歌』の最後に収録される可能性のあった九十
五篇を新発見の詩として冒頭に収録することにした。/
そのような未発表詩の冒頭の連作「サナトリウム 1~
13」は、亡くなるまでサナトリウムに入退院を繰り返し
た村上昭夫の実像とその詩作の原点を気負いなく表現し
ている作品だと思われる。ある意味ではこの連作詩は
『動物哀歌』以外の代表作として今後は読まれるべき価
値ある連作詩だと言われるかも知れない。「サナトリウ
ム 1」を引用してみる。(略)》

二〇一八年の村上昭夫没後五十年を記念して刊行した
『村上昭夫著作集 上 小説・俳句・エッセイ他』に続き、
「下 未発表詩95篇・『動物哀歌』初版本・英訳詩37篇」
が十一月半ばに刊行された。この書籍に関わるきっかけ
は詩人で村上昭夫研究者の北畑光男氏から村上昭夫の末
弟の成夫氏を正式に紹介されたことだった。私はかつて
当社のアンソロジーで昭夫の詩を再録させてもらったこ
とがあり、何度か電話を差し上げたことがあった。二〇
一八年初めに昭夫の小説『浮情』の出版の件で北畑氏と
一緒に会い、小説だけでなく昭夫の俳句や童話なども読
んでいるうちに、昭夫の全体像を伝える著作集を構想し
ようと考えた。詩以外の作品を「上」に入れて、「下」
には『動物哀歌』に収録されなかった作品を収録するこ
とにし、成夫氏が多くの人たちに読んでもらいたいとの
願いがあり、文庫本の廉価版にして刊行することをその
場で、三人で話し合って方向性を決めたのだった。生涯
にわたり昭夫を後世に残すことをされてきた成夫氏は、
現在は大病を抱えておられるが、今回の「下」の刊行を
喜び、たくさんの本を親族や関係者に広めて下さっている。

成夫氏と打ち合わせをした後に、北畑氏と私は村上昭夫
の原稿類を保管している盛岡市内の文学資料館や翌日に
は北上市の詩歌文学館にも出向いて遺稿の調査をした。
その際に手書きの数多くのノート類や詩の草稿類に目を
通した。その中から主要なもののコピーをお願いしたの
だった。しかし詩歌文学館には親族の許可がないと閲覧
できないものがあり、その後に北畑氏が成夫氏と出かけ
て発見されたのが、今回の未発表詩95篇だったのだ。つ
まりこの95篇を目にした人は当時の編集に携わった3人
の詩友や親族以外にいなかったようだが、そのまま封印
されていたことになる。
村上昭夫が宮沢賢治の後継者であると言われ続けてきた
が、未だその仮説は基礎資料となる残された作品群を読
むことができず、それは検証・論証されることは十分で
なかった。しかしこの『著作集』の上下を読めば、なぜ
賢治の後継者である詩人であるかの意味がきっと明らか
になるだろう。賢治は短歌が原点だが、昭夫には俳句にも
親しみ優れた俳句を残している。その中から五句と今回
発見された「サナトリウム 8」を引用してみる。

 春泥や子は捨犬を飼うという
 西日の家女體ばかりが美しくある
 食を乞う人今日もあり雁渡る
 かがり火を少年が焚く賢治祭
 秋の蝶死ぬべく深き空を持つ

 「サナトリウム 8」
 
《悲しみは暮れてゆく夜の森のなかへ/そっとしまいこ
 んでしまおう/太陽の下では何時でも/ゆびを食いちぎ
 っても笑わなければならぬ/ああ けれどいつわりの笑
 いのなかにこそ/ほんとうの悲しみがあろうものを//
 泣きたいにもなみだも出なくなった/死だけしか残って
 いない/その人達にこれだけしか書けない私/私のまだ
 まだ分からない/苦しいその人達に/これだけしか言えない私》

黒田杏子第一句集『木の椅子 増補新装版』は、大扉を
開けると「この一巻を『藍生』の仲間に捧げます。」記さ
れている。3章から構成されていて、1章では40年前
の第一句集『木椅子』が再現されていて、跋文の古舘曹
人の黒田杏子論は、国内だけでなくインドにも及ぶ様々
な地域において風土性を句に詠む黒田氏の創作姿勢を描
き出している。2章では『木の椅子』が現代俳句女流賞
を受賞した時の五人の選評が収録されている。飯田蛇笏
の「瞭かな向日性」、鈴木真砂女の「自由奔放に詠み」
、野沢節子「はかなき哀惜のこころ」、細見綾子の「大
志を抱いて」、森澄夫の「闊達さと清新さ」などの選評
を読んでいると、この句集の作者が俳句の世界の未来を切
り拓いて行く人物であることを洞察しているかのように
感じさせてくれる。瀬戸内寂聴と永六輔の書評も黒田氏
の仕事ぶりや生き方に清々しさを感じていて、瞠目すべ
き年下の畏友の魅力を書き記していた。3章では現役の
3人の批評家の黒田杏子論を収録している。長谷川櫂の
「宇宙の鼓動と共鳴し合う」、筑紫磐井の「人間の深層
の心理にまで」、齋藤愼爾の「夜叉王と同じ気圏の住人」
と独自な観点から論じている。特に齋藤愼爾の論は書き下
ろしの力作だ。
最後には「増補新装版のあとがき」があり、黒田氏が自
らの俳句人生で出会った人びとへの感謝の思いを込めて
振り返っていて、その登場する山口青邨、古舘曹人を始
めとする真摯に俳句を生きた俳人たちとの交流によって、
黒田杏子という俳人が誕生したことを理解することができる。

その他に刊行された下記の書籍も最も大切に抱いてきた
生涯のテーマを短歌と詩で純粋に表現した詩歌ならでは
の作品集だ。

谷光順晏歌集『あぢさゐは海』から五首を引用する。

ダム工事現場にあら塩のにぎりめし握りて働きし祖母の手ぬくき
平成の遺物となるやセシウム灰誰も言はなくなつて恐し
さ庭辺に増ゆるタンポポポンポポポン母の鼓の打ちこむやうな
おほいなる夏の落暉よ海遠き町にしあればあぢさゐは海
「月がきれい」と聞こゆる窓の月輪に地蔵菩薩はつつまれてゐる

小林功詩集『月山の風』から詩「大河」を引用する。

「大河」

庄内平野の吹雪のなかを
最上川は日本海へと向う
たしかあの方角に
ぼくの故郷があった

春 草が萌え 猫柳を家に持ち帰った
夏 青草の上に寝ころび 空を見た
秋 全校生の芋煮があった
冬 そこは厳しい寒風の世界になった

透明な冬の空気を吸いながら
山の上に立ち
最上川をみつめる
ぼくの前にはいつも大河がある

坂本麦彦詩集『漏れどき』では私が解説文を書いているので、
冒頭の部分を引用する。

坂本麦彦氏が第一詩集『漏れどき』を刊行した。私が坂本
氏について知っていることは、千葉県木更津市に生まれ育
ち、同志社大学で哲学を学び、卒業後には介護現場の仕事
を長年務めていたが、この世に存在することの意味に思い
悩み、仕事を辞して、自分が本来的にやりたかった詩作を
開始し、今回の『漏れどき』を書き上げたということだけ
だ。この詩集は坂本氏にとって自らの存在の危機を脱して
いくために、内面の深層を辿りそれを表現する切実な行為
であったに違いない。
詩集『漏れどき』は三十篇が春夏秋冬の4章に分かれてい
る。これらの三十篇の詩は、此岸である現世から彼岸であ
る常世の世界にいつの間にか入り込んでいく不可思議な言
語体験であり、多彩なイメージの相乗効果によって坂本氏
の深層世界が暗示されていると思われる。
1章の冒頭の詩「焚き火に誘ったが 去ってしまった」を
引用してみる。
ほつれ陽に もたつき/福寿の花ひしゃげたが/とろろ汁す
すった朝は くしゃみまで/ななめにとろけて たるんだ/
あるいは如月の/水音たぐって鳥居くぐれば/巫が/寒い
でしょうから お入んなさいと婀娜めいた/だから俺は小
躍りし/手水へと辷る水平線 つまみ上げては/しき波を
/焔と女陰のあわいに寄せてやったのだが/うつお木のな
か/しどろに捩じれて艶々ひかり/木の下闇へ這い出し/
割れはじめる妻は/今日/とても初々しいので/ゆで卵ひ
そませ 瑞垣めぐり/心太みたいな可笑しみの靄る入り江か
ら/富士見の渡りへ/紙垂を千切って神様やめた男と/
ながれてしまった

今年もあと少しになったが、年末から新年に向けてまだ何冊
もの新刊を製作中だ。また『地球の生物多様性詩歌集――
生態系への友愛を共有するために』と『日本の地名 百名詩
集』も来年の3月位までの締め切りで公募を開始していて作
品も集まりつつある。公募趣意書は「コールサック」にも収
録されているが、HPからでもプリントできますので、ぜひ
参加をされて下さい。寒くなりますので、くれぐれもお身体
をご自愛下さい。


■ アンソロジー公募中!! ━━━━━━・・・・・‥‥‥………

『地球の生物多様性詩歌集―生態系への友愛を共有するために』公募趣意書

http://www.coal-sack.com/news/view/2699/

  1. 2020/12/11(金) 15:51:12|
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「言の葉」「ひかることば」「血債」を「日々新たに」辿る

コールサック社メールマガジン
2020年10月7日配信

「言の葉」「ひかることば」「血債」を「日々新たに」辿る

鈴木比佐雄



9月から10月2日までに下記の四冊を刊行させて頂いた。

万里小路譲『詩というテキスト3 言の葉の彼方へ』

五十風幸雄『備忘録集5 日々新たに』

谷光順晏 詩集『ひかることば』

八重洋一郎 詩集『血債の言葉は何度でも甦る』



万里小路譲氏が、昨年春に刊行し「真壁仁・野の花賞」
など3つの賞を受賞した『孤闘の詩人 石垣りんへの
旅』に続く評論集『詩というテキスト3 言の葉の彼
方へ』
を刊行した。万里小路氏は山形県鶴岡市に暮ら
し既に九冊の詩集を持つ。と同時に吉野弘と石垣りん
という戦後詩を代表する二人の詩人の評伝として客観
的な資料を読み込み、その時代と親族関係やその詩人
の生き方から、優れた詩の成立する根拠を浮き彫りに
していった。評伝でありながら詩の魅力を開示してい
る詩論も書き記すことができる、評伝作家と詩論家を
併せ持った評論家なのだ。そのことが可能だったのは、
万里小路氏が二人の優れた詩人への計り知れない敬愛
の念を抱いていたからだろう。
また万里小路氏の著作には山形の多くの詩人たちの詩
集について丁寧な読解をし続けてきた評論集『詩とい
うテキスト』シリーズの二冊がある。その三冊目とし
て今回刊行された『詩というテキスト3 言の葉の彼
方へ』は、山形県に縁のある詩人25名とその他の詩人
14名の合計39名の詩人たちが論じられている。冒頭は
評伝では書き得なかった酒田市出身の吉野弘への新し
い評論「誕生・生・死への省察――吉野弘の眼差し」
から始まっている。
その他の38名の詩人たちへの詩人論も、その多様な詩
人たちの「言の葉」の原点に肉薄する姿勢は全く変わ
っていない。テキストとは本来は織物を意味していた
が、まさに「詩の言葉の織物」を読んでいる気がして
くる。
そんな山形の郷土愛に貫かれた評論家が身近にいるこ
とは、山形の詩人にとってなんと幸運なことだろう。

他の三冊に関しては私が解説文を書いているので、中
心的な部分を引用しておきたい。四冊の本との出会い
になればと願っている。


五十風幸雄『備忘録集5 日々新たに』の解説文
「日々の時間を創造的に生きる人」


《本書は、自分だけの時間が生れて、その自由な時間
をいかに創造的に生きていくかという未知の体験を書
き留めている。それを実行していく五十嵐氏の生き方
は、余生や隠居という言葉では収まり切れない。例え
ば江戸時代に家督を息子に譲って、日本全図を志し実
行した伊能忠敬のような生き方に近いと考えられる。
五十嵐氏は「まえがき」でインド哲学の「林住期の理
想的な生き方」から学び、「本当にやりたいこととは
何か」を問うて、具体的に実行していこうとしている。
また哲学者キルケゴールの言葉「人生は後ろ向きにし
か理解できないが、前を向いてしか生きられない」と
いうような、アジアとヨーロッパの哲学的箴言を自ら
の座右の言葉としている。
/今回のタイトルになった「日々新たに」は、故郷の
福島・会津の初代藩主・保科正之の思想を継承した会
津藩校・日新館の「日新」の考え方を思い起こし、ま
た高校の山岳部で通った故郷の雄国沼湿原に咲くニッ
コウキスゲの花言葉が「日々新たに」であることから
由来すると言う。この意味からも五十嵐氏には、会津
人としての誇りが、日々暮らしに息づいている。その
意味では故郷の言葉を深めていくと東西の哲学的箴言
とも根源では通底していることが感じられるだろう。
そんな生きることに影響を与える言葉の重要性を本書
では様々な観点から物語ろうとしている。その中でも、
自由な時間の中で毎日のルーティンとして朝の散歩、
山歩き、美術館、神社仏閣などを巡ることが「日々新
たに」生きることの重要な役割を果たすことを伝えて
いる。》




谷光順晏詩集『ひかることば』の解説文
『「記憶の底」から「ひかることば」を掬い上げる人』


《1章「しんきろう」の冒頭の詩「理由」を読むと、
谷光氏がこの世界に人間が存在する真実を語ろうと激
しい衝動を秘めている詩人であることを了解する。

 理由

この手で/にわとりの首をしめ/この手で/ブタの頭
をなぐり/この手で/ひつじの皮をひきさいていると
/だれも おもっていない//世界は/いつもやさし
げで/上品ぶっていて/たえず/動かしがたい理由の
上に/成りたっている//この手で/自分の首をしめ
/この手で/他人の頭をなぐり/この手で/地球の皮
をひきさいていると/だれも おもっていない
 
谷光氏は「この手」を見つめていると、「ブタ」や
「ひつじ」を殺してその肉を食べ、その毛皮を身に着
ける、血で汚れた手であることを透視してしまう。し
かしそのことを感じさせないようにするために「世界
は上品ぶって」手を汚していることを忘れさせる構造
であることを明らかにしてしまう。谷光氏はこのよう
な世界の非情な構造を忘れさせるための「理由」をあ
えて自問し、他者にも問いかける。私たちは動物を殺
戮し、そのことはいつしか「自分の首をしめ」自殺を
試み、「他人の頭をなぐり」殺戮を犯し、「地球の皮
をひきさいて」自然を破壊していくのではないかと、
その構造の恐怖を直視してしまうのだろう。「この手」
から血痕を凝視する想像力は、人間が他の生きものた
ちとの関係の在りようが、根本的に他の生きものの犠
牲の上に成り立っているのではないかという、倫理的
な重たい問いを自らと同時に他者へも突き付けてくる
のだ。どうして自分も他者も生きものを殺戮してその
肉を食糧と見なして、その命を殺める痛みを「だれも
 おもっていない」世界の構造を作り上げてしまった
のか。そんな生態系を破壊しても人間の欲望を満たそ
うとする人間社会の在りようへの根本的疑問が、この
詩「理由」には存在する。どこか宮沢賢治の童話を彷
彿させる精神性と重なり、この世界の構造が本来的に
これでいいのだろうかという問いそのものが詩になっ
ていて、その問いの強さが谷光氏の詩の特徴であると
思われる。》




八重洋一郎詩集『血債の言葉は何度でも甦る』の解説文

《私は八重洋一郎氏の詩と詩論を考える時に、詩集
『日毒』に収録された詩「詩表現自戒十戒―守られた
ことのない―」の「詩とは一滴の血も流さずに世界を
変えること。即ち、人々の感性にしみ入りその人格を
ゆすぶり、そのことによって社会を変革する。その覚
悟と使命感を持て!」という言葉を想起する。と同時
に哲学者ハイデッガーは『ヘルダーリンの詩の解明』
の「ヘルダーリンと詩の本質」の中で「五つの主題的
な言葉」を挙げていて、その四番目の詩「追憶」の最
終行である「常住のものは、しかし、詩人がこれを建
設するのである」という言葉が想起されてくる。詩人
の本質的な言葉とは「社会を変える」言葉になりうる
のであり、そんな他者の精神や事物の生成にまで影響
を与える言葉を発し、新たな世界を「建設する」志の
高さを八重氏の言葉に感じる。ヘルダーリンを通して
ハイデッガーが思索したことを、八重氏は自らの詩を
通して自らの詩論でもって読者に深く語りかけてくれ
る、根源的なことを問い実践している詩人・詩論家で
あるだろう。(略)
そんな詩集『日毒』から三年後に新詩集『血債の言葉
は何度でも甦る』十九篇が刊行された。なぜ八重氏は
このようなタイトルを付けたのだろうか。想像するに
内地の日本人たちは、『日毒』を物理的なイメージで
とらえてしまい、その詩「日毒」に八重氏が込めた
《大東亜戦争 太平洋戦争/三百万の日本人を死に追
いやり/二千万人のアジア人をなぶり殺し それを/
みな忘れるという/意志 意識的記憶喪失」に陥るこ
との「狂気の恐怖」を、決して忘却させないために、
『血債の言葉は何度でも甦る』にしたのではないか。
「日毒」を忘却させないために、論語の言葉である
「血債」という血生臭さくもあり血痕がこびり付いた
言葉をあえて、「本土/内地」の日本人たちに突き付
けていると私には感じられた。(略)
その他の詩でそんな文明批評的で予見に満ちた詩行を
引用してみたい。
「杭」では、「(人形と言えども金権利権私欲ばかり
は抱きしめて)/しっかり打てよ その杭を しっか
り打てよ七万本 南の海にはりつけて/奴らの鉄面皮
はぎとるために/奴らの隠蔽暴きたてるために」と辺
野古の未来を透視する。
「やさしい分数計算」では、「つまり沖縄には日本全
国の386倍の密度で米軍基地が集中している。その
上自衛隊も配備されているのだ。」と「本土/内地」
との386倍もの格差を突き付ける。
「血債の言葉は何度でも甦る」では、〈日本国よ 汝
という国体の中には至る所に空洞がある 汝らには決
して見えないだろうが/その空洞には連綿たる「歴史」
にやられた濃密などす黒い血が満ち満ちている/幽霊
は生きている 幽かな霊こそ見えない魂〉と日本の
「歴史」の空洞に「どす黒い血」が見えると言う。
「万世万系」では、「新しい現人神を祀りあげ/万世
一系称えながら 万系を一系とみせるため/嘘八百を
次から次へと吐きながら」と、日本の歴史がリアリズ
ムではなく「万系を一系とみせるため」の嘘八百の偽
りの歴史であり、本来的な「万世万系」に書き換える
べきだと提案しているようだ。
「夜半参ー」では、「黒々聳える一本松の大幹にひそ
かにひそかにひそかな名前を血で書いた/ワラ人形の
心臓を五寸釘で打ちつける 打ちつける」と、沖縄芝
居の有名な場面なのだろうが、まさに「血債」を想像
させるのだ。》



以上の四冊の「言の葉」「ひかることば」「血債」を
「日々新たに」辿って欲しいと願っている。


テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

  1. 2020/10/07(水) 14:55:07|
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コールサック社メールマガジン2020年1月31日配信号

清水茂氏の「粘り強い思索の軌跡」     鈴木比佐雄


今年の1月11日の日本詩人クラブの新年会の会場でお会いした清水茂氏が1月16日に他界されてしまったことを後から知った。11日には休憩時間に席まで行ってお話した。
幾分痩せられていたが、いつものように励ましの温かい言葉を掛けてくれる姿は未だ健在でエネルギーに満ちているように見えていた。「コールサック」100号の詩集評で私は

〈最後に清水氏の新詩集『私のものではない言葉を』(土曜美術社出版販売)を引用したい。
詩とは基本的に徹底した個人言語(パロール)であるが、それと対比される公的言語(ラング)
ではなく、清水氏は「私のものではない言葉」であり、「心を通わせる」「あなたの幸せや苦しみを想う」
という未知の言葉を探し求めている。この清水氏の高貴な魂の在り方に詩の目指す
最終地点とは何かを考えさせられるのだ。〉

と触れさせて頂いた。清水氏はその詩集評も読んでいてくれて、感謝の言葉も伝えてくれた。
その日から5日後に亡くなられてしまったことは、とても大切な存在が離れていったような悲しみが一挙に押し寄せてきた。2014年に清水氏の詩論集『詩と呼ばれる希望――ルヴェルディ、ボヌフォワ等をめぐって』を編集・発行させて頂いたことは、私の誇りであり、ご自宅にお伺いして打合せをして夕飯までご一緒したことは忘れがたい思い出だ。
その詩論集の解説文の「1」を引用し清水氏を偲びたいと思う。

「言葉の記憶」に「希望」を託す人
 清水茂詩論集『詩と呼ばれる希望―ルヴェルディ、ボヌフォワ等をめぐって』に寄せて  鈴木比佐雄

  1
〈清水茂さんの個人言語(パロール)から伝わってくる粘り強い思索の軌跡に、
私はいつのまにか引き込まれてしまった。清水さんの詩と詩論は「現実」と
対峙して鍛えられ、精神の奥深い場所から、その名づけ難い未知の言葉を探
している。それはこの世に存在する恥じらいのような謙虚さを秘めて、世界
の他者の苦渋の時間や経験を通して、存在することの奇跡を孕んだ詩的言語
を救いあげようとする姿だった。清水さんとの接点は、日本詩人クラブ会長
時代の様々な詩人の集まりでの挨拶の肉声だった。詩人団体の会長といえば、
公的言語(ラング)で当たり障りない挨拶を語るのが一般的だが、清水さんは
違っていた。いつも「今、ここ」の場所で「現存」の思いや詩的言語の可能
性を直接的に語り始めるのだ。私はその個人言語に魅せられてしまい、いつ
のまにか一人の熱烈なファンになってしまった。もちろんそれ以前から清水
さんが高名な仏文学者であり、優れた詩人であることは、著書を通して認識
していたが、私はその詩や詩論も読み返してみて、これほど「現実」に対峙
しながら詩作と思索が一致している文体を持つ現役詩人は数少ないと感じて
いた。

清水さんは会長を退任した後に、日本現代詩人会東日本ゼミナールや埼玉詩
人会で講演をされた。私はその二回の講演を拝聴しながら、その内容と肉声
のリズムをそのまま再現するような詩論集を出版したいと直観的に願うよう
になった。また埼玉での講演後の交流会などで、内容があまりに存在論的で
言葉と存在の関係を根源的に語っていたので、その感想を清水さんに伝えた。
その際に私が法政大学哲学科出身で卒論指導が矢内原伊作先生だったことを
告げたところ、清水さんはとても驚かれた様子だった。なぜなら清水さんと
矢内原先生は、文芸誌「同時代」の同人であり、清水さんと矢内原先生はと
ても親しい間柄であったからだ。矢内原先生が亡くなった一九八九年には、
亡くなる半年前に親しい同人たちと最後の旅行をした思い出も語ってくれた。
矢内原先生から近・現代の哲学史を学び、少人数のゼミではサルトルを学んだ。
教授室にも出かけてハイデッガーの詩論をテーマにした卒論の指導もしても
らい、拙い文章を励ましてくれた私にとって掛け替えのない恩師であった。
また矢内原先生のエッセイ集、リルケのエッセイやキルケゴールやサルトル
などの哲学の翻訳書は、私の愛読書であった。清水さんは著書の中でジャコ
メッティの彫刻の存在が、優れた詩や哲学と全く同じものであるという意味
のことを語っている。ジャコメッティの彫刻のモデルになった矢内原先生と
清水さんは、ヨーロッパの詩・芸術・哲学を創造する人びとに直接的に関わ
ろうとする生き方を含めた認識において、互いが良き理解者であったことを、
私は初めて知ることになった。そして清水さんの内面の奥深いところで、矢
内原先生の精神が今も息づいていることに私は深く感動したのだった。〉

 葬儀は近親者だけで行われたそうで、これから有志の偲ぶ会が開かれるよ
うだ。清水氏の奥様にお悔やみの言葉をお伝えし、清水氏のご冥福を心よりお祈りしたい。


 1月は、福島の詩人の二階堂晃子エッセイ集『埋み火 福島の小さな叫び』、沖縄の若手詩人の元澤一樹詩集『マリンスノーの降り積もる部屋で』、米国人のデイヴィッド・クリーガー詩集『神の涙――広島・長崎原爆 国境を越えて 増補版』(水崎野里子訳)、京都に暮らしていた詩人の守口三郎英日詩集『劇詩 受難の天使 世阿弥』(郡山直訳)が刊行された。

二階堂氏は東日本大震災・原発事故後に3冊の詩集を刊行したが、今回はエッセイで福島の身近な人びとの事故後の8年間の生きる姿や作者との関わりを丁寧に書き記した。

沖縄の25歳の詩人元澤一樹氏は、様々な矛盾を抱えている沖縄の現実の中で生きていて、その沖縄の若者の精神の重圧を計り知れない言葉のエネルギーで表出していく。その言葉の実験精神は沖縄だけのものでなく、全世界の若者の叫びに通じていくようだ。

米国人のクリーガー氏の『神の涙』は十年をかけて千冊が無くなっていった。特に長崎原爆資料館では、ロングセラーになっていて、そのために今回、翻訳の水崎野里子氏の協力を得て追加の詩や論文を収録した増補版を刊行した。
クリーガー氏は2007年に刊行された『原爆詩一八一人詩集』(英語版)に反応してくれて、「コールサック」に寄稿するようになり2010年に『神の涙』が刊行された。これからも長崎原爆資料館に訪れる人びとが手にとって求めてくれるだろう。

昨年の5月に亡くなった守口三郎氏の『劇詩 受難の天使 世阿弥』を読み感動した詩人で翻訳者の郡山直氏が翻訳した英日詩集『劇詩 受難の天使 世阿弥』は『Two Dramatic Poems: THE ANGEL OF SUFFERING ZEAMI』となって英語でも読めるようになった。守口氏はこの劇詩を闘病中の激痛の中で「複式夢幻能」の形式で書き上げることを直観し、実際に書きあげてしまった。
亡くなる前に守口氏は完成した英訳を読むことができた。守口氏と郡山氏の情熱が世界の人びとに伝わることを願っている。
コールサック社ホームページ英語版で世界中から英日詩集を購入することが可能だ。
昨年12月に刊行した井上摩耶英日詩集『SMALL WORLD / スモールワールド』などはすでに海外から購入されていて、これからは日本の詩人たちを紹介していきたいと考えている。

それから現在公募中の『アジアの多文化共生詩歌集――シリアからインド・香港・沖縄まで』の締め切りを、年末年始の多忙のため原稿が遅れていることもあり、2月末日まで延長した。集まってきた作品を拝読していると、想像以上にアジアの48カ国に表現者たちが関わっていることが明らかになってきた。様々な観点から詩、俳句、短歌の作品をお寄せ頂ければ幸いだ。
今までの常識を覆すように、日本人がアジアをどのように感受してきたかが、多方通行路のように明らかになってくると考えている。

☆公募趣意書はこちらから
http://www.coal-sack.com/news/view/2488/


  1. 2020/02/03(月) 11:48:48|
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コールサック社メールマガジン2019年11月29日配信号

100号を迎え、新たな出発へ。
                 鈴木比佐雄

「コールサック」(石炭袋)が100号を迎えて、本日刊行された。
100号への思いを後記の冒頭部分に記したので引用したい。


1987年12月に「コールサック」(石炭袋)創刊号は刊行された。
当初は手作りのコピー用紙を綴じた個人誌だったが、それから毎号少しずつ
新しい試みをして三十二年が経過して今号で100号を迎えた。
私は「コールサック」が必要で本当にやりたいことだったから、
毎号このような詩的な創作の場所を生み出せることを楽しんで企画・
編集・発刊してきた。いくつかの同人誌などを経て、「コールサック」を
刊行する時に詩的精神が続く限り刊行していく予感のようなものが芽生えていた。
賢治の詩的精神に生かされてきた私は、異なる表現・テーマを追求している
多様な詩人・文学者たちと一緒に賢治の精神を引き継ぎ発展させる新しい
文学運動を「コールサック(石炭袋)」の中でしていきたいと願っていたからだ。
私の命は有限だが、賢治の精神は引き継がれて永遠に必要とされるのだ
という思いが原点にあった。2006年にコールサック社という出版社を
創業し、最近の出版案内には左記の理念を記している。

〈コールサック社は、宮沢賢治の「ほんとうの幸せ」を実践するための
「宇宙意志」を胸に秘める文芸・評論・芸術書の出版社です。//
コールサックとは『銀河鉄道の夜』九章に記された「石炭袋」であり/
暗黒星雲、異次元の入口、愛する人の住む幸せの入口の意味です。/
ほんとうは誰もが豊かな詩的精神を持つ詩人であり、/この世に生まれた
奇跡を感じ取りその美を生み出せる芸術家です。/そんな宮沢賢治のような、
他者の痛みを感受し/生きとし生ける物すべての幸せを願う人たち、/
歴史を踏まえ現実を直視する証言者でありながら、/次の時代を創るために
有限な自己を踏み越えてしまう人たち、/内面の奥深くを辿り新たな
「石炭袋」を想像してしまう、/詩人、歌人、俳人、作家、評論家などの
冒険者たちを/コールサック社は世界に発信し後世に語り継いでいきたい。〉

このような詩的精神をこれからも原点として、文芸誌「コールサック(石炭袋)」や
書籍を刊行していきたいと心を新たにしている。


以上のように私にとっては、「コールサック」(石炭袋)の理念を生きて
反復していくことが課題である。100号を迎えてもまだ達成感などはあまりなく、
「未完成」の文芸誌だからこそやりがいがあるように思っている。
これからも毎号、新たな挑戦をスタッフや寄稿者たちとともにしていきたいと考えている。

12月8日(日)午後2時から6時まで開催される〈「コールサック」(石炭袋)
100号・『東北詩歌集』刊行記念会〉(お茶の水駅近くの「エスパス・ビブリオ」)
はまだ定員(60名)に達していませんので、ご都合のよい方はぜひご参加下さい。
講演者は俳人・評論家で深夜叢書社代表の齋藤愼爾氏と沖縄の詩人・評論家の与那覇恵子氏だ。
齋藤氏は今年の初めにコールサック社から評論集『逸脱する批評――寺山修司・
埴谷雄高・中井英夫・吉本隆明たちの傍らで』を刊行した。齋藤氏は俳人として有名だが、
戦後の優れた作家・批評家の素顔からその文学の深層を照らしながら、その時代全体を
語り出す魅力的な文体を持った評論家・評伝作家でもある。
与那覇恵子氏は長年沖縄の大学で同時通訳の講座などを行ってきた英語教育のスペシャリストだ。
その傍ら地元紙の論壇で沖縄の現場の声を語る社会時評を書き継ぎ、沖縄の雑誌
「南溟」で詩を発表してきた。今年の初めに詩集『沖縄から 見えるもの』、
評論集『沖縄の怒り――政治的リテラシーを問う』をコールサック社から刊行した。
詩集『沖縄から 見えるもの』は今年の第33回福田正夫賞を受賞した。

参加者の皆様にはスピーチや朗読もしてもらいたいと考えて時間もたくさん
取っております。案内状をリンクしますのでぜひご参加下さい。

http://www.coal-sack.com/news/view/2601/


今月は下記の本を刊行した。
坂井一則詩集『ウロボロスの夢』
小坂顕太郎詩集『卵虫』
堀田京子作・味戸ケイコ絵『ばばちゃんのひとり誕生日』
中津攸子小説『万葉の語る 天平の動乱と仲麻呂の恋』

坂井氏の詩「ウロボロスの夢」は「夢の中で一匹の蛇が自分の尾を食んでいた」から始まり、
「ウロボロスの輪(リング)」のという宇宙の中に私たちもいるのではないかという思いにとらわれてくる。

小坂氏の詩「卵虫」では詩「卵虫」を読むと「緋色の卵虫が/片足へ/ぽつむと落ちて/
拇趾と第二趾との間を/見事に遊泳する」というように、「卵虫」の美しいイメージが想像されて動き出すのだ。

堀田京子作・味戸ケイコ絵『ばばちゃんのひとり誕生日』は、戦争中の防空壕の
赤ちゃん時代から令和時代に生きている作者が子供たちに「わたしはひとりではない」と優しく逞しく語りかけている。

中津氏の『万葉の語る 天平の動乱と仲麻呂の恋』は、古代の動乱を通して、
遣唐使阿倍仲麻呂を36年間も待ち続けていた一人の女性の物語で、涙なくして読めないだろう。

機会があれば、ぜひ読まれて下さい。

  1. 2019/12/27(金) 11:03:35|
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